第4話 Echt
「悠愛、ちゃん…」
さっきとは別の、絞り出された声。
目の前には悠愛ちゃんが二人。まずい。
そして僕にはなんとなく、目の前にいる悠愛ちゃんが本物だとわかる。
ということは。奥にいる悠愛ちゃんは殺さなくてはいけない。
偽物とはいえ、殺せるのか?僕に?悠愛ちゃんを?
そもそもこの世界にとって偽物と言うだけで彼女だって本物の悠愛ちゃんなのではないのか…?
時間が止まったように思考だけが駆け巡る。
その間、僕はただ口をパクパクさせるだけの、弱っちい人間だ。
「渉くん、あのね」
悠愛ちゃんは笑うでも泣くでもなく、どことなく困ったような笑顔で続けた。
「わたし考えたんだけどね。偽物ってわかってても、やっぱりわたしは誰も撃てないや。」
「だって、その人には変わりないんだもの。殺すなんて、出来ないよ。」
「わたしが言ってることは間違ってるのかもしれない。でも…それでも。わたしに渉くんは撃てない。」
話しながら、僕に視線を合わせてくれた悠愛ちゃんだったが、いつからか視線は僕を越えていた。
きっと、視線が僕を越えている理由は、僕と同じだと思う。
「悠愛ちゃん、でも、僕は…」
「だからさ、渉くん。」
そう、僕の言葉を遮って微笑みかける悠愛ちゃんは、今朝会った時と同じくらい、優しい顔をしていた。
「わたしたちEin Starsはどこまでも、どこへでも、一緒にいこう?」
そう言って、持っていた銃を地面へ置いた悠愛ちゃんはそのまま、僕の手を握ってくれた。
その瞬間、堰を切ったようにボロボロと涙が落ちる。僕の中で張り詰めていた何かがふわりと和らぐ。
恐怖と安心感。どちらも入混ざっているが、悠愛ちゃんと一緒なら。きっと怖くない。
固まった指を自分でほどいて、銃を落とす。
「そうだね…どこへでも。一緒にいこう」
こんなに泣いた顔、もう二度と悠愛ちゃんには見せられないね。なんて冗談をいいながら。
大好きな人越しに見える銃を見ないように。
笑うフリをして、目をつぶった。
さっき聞いたような、乾いた音が2つ、響く。
あぁ、やっぱり。耳にも頭にも響いて聞きなれないなあ。
ねえ、悠愛ちゃん。
僕らはどこまでも、どこへでも、一緒だよ。
「憂衣さん、小野瀬さん、無事ですかっ」
「もう大丈夫だよ」
「…え…?」
名前を呼ばれた気がして、瞼がくっついてしまう程、力強く瞑っていた目を開ける。
目を、開けられる。
「茉莉香、先輩、舞和先輩……」
そこには肩で息をするSugar×Sugarの二人がいた。僕が目を開けたのを確認すると、いつもの見慣れた笑顔になる。
「無事でよかったです、遅くなってすみません」
「二人とも。早く学校外へ逃げて。」
目の前の悠愛ちゃんは、さっきの笑顔に少しだけ、涙が飾られていた。
僕らは「自分」になれたんだ…。助かったんだ…。
僕の安心をよそに、悠愛ちゃんが不安を投げかける。
「あの…お二人は逃げないんですか…?」
「僕たちは…まだ一人になってないから。」
「ご一緒できなくてすみませんが、早く逃げてください。」
ちょっと英さんもピンチなので、と付け足して二人は去っていった。
どことなく、二人の顔は申し訳なさそうな、困ったような顔に見えた。
「悠愛ちゃん、いこう」
「…うん」
僕らは外に出るため、靴箱へ向かった。
体中にまとわりつく血液の匂いと重さに気持ち悪さを感じながら、もう悠愛ちゃんの前では泣かないと「自分」に誓って。
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