第5話 Abend

統は焦っていた。

あの子なら、リアンなら、やりかねない。

早く見つけて止めないと。


はやる気持を抑えきれず、廊下を全力で駆け抜ける。


どこに。どこにいる。劇場はもう見た。音楽室もいなかった。茉莉香とよくお茶会をしている所も。

リアンより先に偽物を見つけないと。あの子はきっと自分の死を選ぶ。

“昔から”そういう子なんだ。みんなを守るためなら自己犠牲になんの躊躇いもない。

もう、失いたくないんだ。頼む、間に合ってくれ……



「会長さん!」


無我夢中で回していた脚を聞き慣れた声が呼び止める。


「凛歌!無事か?」


いつもは夕陽のように綺麗なオレンジ髪が、返り血を浴びてくすんでいる。

その中で太陽光に反射する瞳はまさに宝石のエメラルドのようだった。

こんな悲惨な状況でも切り取られたワンシーンのように見えてしまうのは、俺がおかしいのか、はたまた彼女の天性の魅惑的引力のおかげか。



「会長さん?…もう終わったの?」



不安そうに覗き込む凛歌を前に、はっと我に返る。

こんな事を考えてる場合じゃなかったね。取り乱した姿も見せてしまって、これじゃあ会長失格だ。

あいつに合わせる顔もない。



「あぁ、終わったよ。心配してくれてありがとう。凛歌は…大丈夫かな?」


「うん…一応。」



歯切れの悪い返事に眉をしかめつつも、それ以上言わないのなら、大丈夫と言うなら、今はそれでいいだろう。



「それならよかったよ。ところで、リアンがどこにいるか知ってるかな?」



凛歌がそらした目線を思い出したかのように合わせる。

本当に綺麗なエメラルドグリーンだ。



「そう!私もリアンを探してたのよ。」


そう慌てる凛歌に、既に自分が探した場所を伝えた。

何ヶ所か同じところを探しているあたり、リアンのイメージは同じなんだな、と思う。

なんとなく、どこか安心したような微笑ましい気持ちになった。


お互いの探した場所を照合して、可能性として残すはこの階のどこかの教室、ということになった。



「今回は効率的にいこう。俺はA組の方から見て回るから、凛歌は音楽室の方からお願いしていいかな?」


「わかったわ。」


「なにかあったらすぐに呼ぶんだよ。必ず助けに行くからね、プリンセス」



途端に凛歌の顔が赤くなる。本当にからかいがいのある反応をしてくれる。この顔はきっと怒られるなあ。


「ちょっとこんな時までふざけないでよね、私もう行くから!」



長い髪を靡かせて統に背を向ける。



「凛歌。」


「なによ」


「気を付けて」


「…会長さんもね」





A組へ向かってまた廊下を走る。

別れ際のありがとうはちゃんと聞こえただろうか。俺は、君たちがいるから。守る存在があるから。冷静になれたんだよ。

凛歌、心配してくれてありがとう。みんな、いつも俺に格好付けさせてくれて、ありがとう。

今回のことが無事終わったら、たまには真面目にお礼でも言ってみようかな。俺が真面目だと気持ち悪がられちゃうかな。


けどまあ、それはそれでご褒美かな。

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