第6話 Suche
リアン…どこにいるのよ。
胸がざわつく。心臓がうるさい。震えて足がもつれそうになる。
誰かの為に自分がこんな感情になるなんて思ってもみなかった。
だってあの時、初めてリアンにあった時。あの歌声は絶対に忘れない。忘れられない。
それくらい、私の心は一瞬で撃ち抜かれた。
きっと、あんな体験は人生でもう起こらない。
…そう、思ってたのに。
騒ぎ立てる心臓とは反対に、聞き心地のいい歌声が耳に入ってくる。透き通るような、繊細な声。だけどしっかりとした芯が確かにある。
晴天の銀世界のなか、優しく煌めく氷柱のような。緑が生い茂る深い森で幾年も前から活動し続けている湧き水のような。凍えるような寒さの中、安らぎを与える1つの蝋燭の灯火ような。
そしてわたしは、悲しいことに
この歌声を知っている。
引き寄せられるように、吸い寄せられるように、わたしは目の前の教室の扉に手をかけた。
「音響機材室」
そうか。音響機材。どうして気付かなかったんだろう。
リアンはいつもあんなに、楽しそうに舞台をしていたじゃない。いつも裏方の大切さを話していたじゃない。
「…凛歌。見つかっちゃったね。」
扉を開けると、こちらを振り返りもせずに言った。窓際に立つ「リアン」は絵本の表紙みたいだった。
「そりゃね。…どれだけあんたの歌声聴いてると思ってるの。」
「それもそうだね…。やっぱり凛歌にはバレちゃうか。」
そう言ってどこからともなく、見慣れない黒いものを取り出す。
今日一日、何回も見た、みんなに配られて、わたしが忌み嫌った、それを。
「ちょっと…やめてよ」
「どうして?凛歌も僕が偽物だって、気が付いてるでしょ?止める理由、ないよ。」
体の輪郭をなぞるように、少しずつリアンの手が黒く光る銃と共に上がっていく。
「「僕」がいたら、凛歌も、僕も、会長も。困るから。」
「だからいいんだ、これで。」
「僕の世界だと「凛歌」とは喧嘩ばかりだったから。久しぶりに話せて嬉しかった。」
「ありがとう、凛歌」
そう笑うリアンは本当に綺麗で。
なんていうのはただの現実逃避で。今から起こるであろう事への恐怖が抑えきれなくて。
頬を伝う涙を拭う事すらできなくて。
「や、やめ…やめて…」
自分でも聞き取れるか分からないくらいの声じゃ、人ひとりの決心を止めることなんて、
出来るわけがなかった。
自分を支える力がなくなる。
すごい音がしたけど、私が膝を床に打ち付けた音なのか、それとも、「リアン」がわたしを置いていった音なのかは、わからない。
さっきまでうるさかった鼓動の音も聞こえない。
視界が油絵のように滲んで何も見えない。
なにも、考えられない。
少しずつ、聴覚が戻ってくるような感覚がある。
戻らなくていい、なにも考えたくないのに。
「土津田さん」
ふわりと、あたたかいなにかが、私を包んだ。
まだ頭が動こうとしない。
「凛歌。」
また、名前を呼ばれた。
声のした方へ振り返ると3年生のSugar×Sugarが後ろにたっていた。
私を包んだなにかは、茉莉香さんが私の肩を抱いた温かさだった。
「土津田さん。」
もう一度、ゆっくりと名前を呼ぶ。
「遅くなってしまってごめんなさい。一人で辛かったでしょう?よく、頑張りましたね。」
「本当のリアンを迎えに行かなきゃ。立てる?」
そう言って手を差し伸べる。
そうだ。まだリアンはいるんだ。
私がユニットを組んでるリアンはいるんだ。
探しに行かなきゃ。私が。見つけてあげなきゃ。
「立てるわ。2人ともありがとう………ございます。」
感覚のない膝に踏ん張れと、血の気の引いた手にしっかりしろと、自分で睨み付ける。
「この棟の反対側から会長さんも一緒に探してるの。」
「わかりました。淺澄さんも探しながら、英さんと合流しましょう。」
何をしでかすか分からないですしね。と
心配するような睨み付けるような、茉莉香さんにしては珍しい顔をしていた。
舞和さんは少し、しゅんとしたように見えた。
私たちは音響機材室と「リアン」を背に、会長さんと合流するべく廊下を走った。
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