第7話 Tränen

終始、無言だった。

もともと舞和はあまりお喋りではないけれど、

そういう事ではなく、二人で静かにしていた。



彼女の傷をわたし達が癒すことは、出来ない。



本当の相方でないとはいえ、同じ声、同じ外見の人に目の前で命を絶たれるなんて。

わたしじゃどうなってしまうか…想像もつかない。

想像も出来ないことを安易に慰めようとするのは無責任だと思った。



無言のせいか、体感時間が長く感じる。

そんなに距離はないはずなのだけれど。


いつの間にか校舎から人気はなくなっていた。みんな終わったのかもしれないし、共倒れしたのかもしれない。

血溜まりが走りづらい程度で、大して気にも止めていなかった。

わたしはnana学科の子たちが救えれば、それでいい薄情者なの。ごめんなさいね。




程なくして、見慣れた空色が視界に入る。



「英さん」


声をかけると、遠くの青空と近くの夕陽が同じように反応した。

遠目からでも英さんがいかに動揺しているかが分かる。


やっぱり、彼にとってのあの子はそんなに大切な人なんですね。



「凛歌、茉莉香、舞和!あとはその教室だけだ!」


「わかったわ!」



私達から見て2つ先の教室。

あとは淺澄さんを助ければこの戦いも終わる。





一足先に教室に入る英さん。




一拍遅れて舞和が教室にはいる。




刹那。




乾いた音が響き渡る。

この音は今日で何回目か。




「茉莉香っ」



舞和の声に反応して咄嗟に土津田さんの右腕をとる。

走っていた反動で少し引っ張られてしまったけれど、なんとか止めることが出来た。

土津田さんは大きな目を、更に見開いてこちらを見た。



「茉莉香、さん…」


「土津田さん、今はわたしと目を離さないでください。」



身長差があるので少し荒々しいとは思ったけれど、仕方がない。両手で柔らかな頬を抑え、こちらへ寄せる。

一連の言動で悟ったのか、綺麗なエメラルドグリーンの目がどんどんと潤んでいく。目を見開いたまま、耐えるように。


そんな、耐え方をされたら、こちらまで引きずられてしまう。

さっきのように泣いてくれた方がどんなに楽か。でもきっと彼女に耐えさせているのはわたしなのだから、泣いてはいけない。



生きた相方が目の前にいるわたしが、彼女の前で泣いてはいけない。




「舞和」


声をかけると教室から舞和が出てきてくれた。



「土津田さんを、校舎の外まで送ってあげてほしいの。憂衣さん、小野瀬さんがいる所へ。」


「わかった。行こう、凛歌。」


「…っ、バイバイ…リアン…っ」



彼女の顔を包んだ両手を離す。

それでも彼女は唇を噛んだまま動かなかった。

ひたすらに、両の眼から大粒の涙を零して。

脱力した手から、必要のなくなった銃を落として。

今度は声も上げずに。絶望したように。


「茉莉香」


「ん?」


「リアンは、じゃあねって笑ってた。」


「…そっか。」



その言葉を合図に、私達は背を向けて歩き出す。



教室にはいると、それはまるで、母親が子どもをあやすかの様に。地面に座り込んだ英さんが抱き抱えた淺澄さんの頬を優しく撫でていた。


壊れたオルゴールのように、微かに聞こえる子守唄が取り巻く気味悪さをさらに装飾する。


迷惑をかけまいと、重荷を背負わせまいと、自分を犠牲にすることを選んだ淺澄さんと、隣にいてくれさえすればいいと、こうなる事がわかって、自分の為に自決を止めたかった英さん。


自分を殺すことで英さんを助けたかった淺澄さんと、淺澄さんを生かすことで自分を救いたかった英さん。



「本当に…自分勝手な人達ですね。

お互いがお互いを想った結末がこれだなんて。」



つい、本音を漏らす。

しかしやはり返答はない。

ただただ掠れた子守唄と涙を、つらつらとこぼすだけの「それ」に最早生徒会長の面影はなかった。



「仕方が、ありません…。

英さん、淺澄さんには後で一緒に叱られてくださいね?」



きっと、わたしの笑顔は引きつっていたかもしれない。でも英さんはいつもみたいに「それじゃあファンが不安がるぞ」とは、叱ってくれなかった。



「本当に、可哀想な人………じゃあね。」



わたしは手に収めた銃を英さんの頭部へ向ける。


こんなことになるなんて。

この結末を避けるために、今まで銃を向けてたのに。




わたしが銃の衝撃に耐えるほんの一瞬。




英さんが以前と変わらないような笑顔を見せて「またね」と言ったように見えた。

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