第9話 Nachwort

いつも通りの朝。

カーテンを開けて太陽の光を浴びる。

今日は延期になった調理実習がある日だっけ、そんな事を考えながら全身の筋肉を起こすように、ゆっくりと体を伸ばした。天気も良くて気持ちがいい。



「いただきます」


用意してくれたトーストとホットミルクを口に含む。


ホットミルクは全然甘くないし、今日はトーストもふ菓子のように黒い。もちろん、甘いなんてことは無い。

祖母を傷付けないように、と黙って食べていたけど、そろそろトースターの使い方教えてあげようかな……。


指についたパン屑を皿に落とし、片付けをする。

時計を見ると既に7:10を回っていた。

まずい、ゆっくりしすぎた。いつものバスに遅れてしまう。

慌てて手を洗い、髪を整え、鞄を取る。


「おばあちゃん、行ってきます!」



なんてことない、朝。

いつもと同じようにバス停へ向かって、バスに乗る。

幼稚園のお迎えバスを待ってる親子や、仕事に行く人、犬の散歩をする人たちを横目に進んでいく。



バスを降りたら、いつも通りあの子の背中を見つけて、いつも通り声をかける。



「悠愛ちゃん」


「渉くん…」



ただ一ついつもと違うのは、僕らが制服の代わりに全身を黒に染めていること。



「おはよう、悠愛ちゃん」


「うん、おはよう、渉くん」



先日の突如起こった謎の事件。

たくさんの生徒や先生が亡くなっていたのだけど、日が落ちる頃には「全て元通り」になっていた。


僕たちの担任も、初めに教室の扉へ手をかけた生徒も、廊下にいくつもあった血溜まりも。何も無かったかのように。


きっと、ぶつかった世界同士が元通りになったからだって、期待した。

実際、先生もそう言っていたし。




でも、元通りにならなかった事もあった。



英会長、茉莉香先輩、舞和先輩、そしてリアン先輩。

この4人はいくら待っても、戻ってこなかった。


先生が言うには、どっちの世界の人間だったとしても、両方死んでしまったら元に戻らないと。

つまりは両方の世界の4人ともが、亡くなってしまった、という事だった。



誰が1番お世話になったとか、そういうのは無いけれど、Sugar×Sugarの2人には直前に会っていた分、とてもショックが大きかった。


凛歌先輩もきっと、相当苦しんでると思う。



その凛歌先輩から聞いた話だけど、少しおかしな事があった。

話によると、4人と凛歌先輩は最後まで同じ所にいたはずなんだけど、Sugar×Sugarの2人だけは、屋上で見つかったらしい。

元通りに戻った時間から逆算しても、移動の時間が全然足りないんだ。


偽物のリアン先輩が亡くなったあと、本物のリアン先輩が亡くなった教室で、英会長と見つかったと言っていた。



もし、元々この世界の人たちしか、身体が残らないとしたら……?


僕たちを助けてくれたSugar×Sugarの2人はもしかして……。




「渉くん、大丈夫?」


随分、考え込んでしまった。

悠愛ちゃんに心配かけないようにしないと。

泣かないと一緒に、僕が決めたんだから。



「ごめんね、大丈夫だよ。

…先輩たちに、ちゃんと挨拶をしに行こう。」


「…うん」



僕たちは、いつものけやき並木を進んだ。


顔をあげて、青々と広がる景色を見て。

僕はふと思い立った。



記録を、残そう。



七英學園の一等星だった、英 統先輩。


舞台上の絶対的な存在感。

でも優しくてあたたかい、太陽のような、淺澄 リアン先輩。


そして、七英學園全生徒の夢だった、Sugar×Sugarの天祢 茉莉香先輩、白鷺 舞和先輩。




先輩たちを忘れることなんて絶対にないけれど。


今までにしてもらった事、追いかけてた人たち、僕達に与えてくれた影響。


そして、先日のこと。



全部、書き残しておこう。


「今のこの気持ち」を、忘れないように。




新しく七英學園を築いていく僕の覚悟を、忘れないように。




―完―

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