怪獣戦隊 きゅーかんばー!!

九十九 千尋

賢者、背中で英雄譚を聞く。


 脈々と受け継がれし英雄の血脈が、長きにわたる親子三代の悲願、魔王の討伐を成すため、勇者は魔王の城へとたどり着いた。

 魔王の城の最奥、謁見の間に勇者一行がたどり着いたのは、斜陽の影が魔なる王の座を赤黒く照らす日没間際の頃であった。

 数多の旅の末にできた心強き仲間たちと共に、女神の加護が篤き聖剣を手に、多くの宿敵との戦いを超えて……今こそ、悪逆が体現のごとき魔王を討ち滅ぼし、人類に……


「いくぞ! 春を取り戻すために!」


 春を取り戻すために!

 あれ? ……春を取り戻すために、だっけ?


「そのために、魔王、カクテーシンコクを倒すのだ!」


 かの邪悪なる魔王、確定申告を、倒すべく……んん?


「だが、ヒレツにも賢者パパジャンは未知の敵、シジューカタに追われて戦線離脱。ウワァー」


 ……? パパは四十肩……??


「しかし、勇者アキレウスは隠密によって魔王城へ乗り込んだのだ。すべては夏を終わらせて春を届けるために」






 ここは我が家の二階。埃っぽい僕の書斎である。

 明り取りの窓は小さいが、それ以上に壁を覆いつくさんと置かれた資料や参考文献、辞書の類に邪魔をされて、午前の穏やかな日差しはその大部分が入ってきていない。


 原稿に向かう手を止めてふと振り返ると、そこには我が家の玉のような王子、いや、勇者、あきらが一人、いくつかの人形を手に持って書斎のドアの隙間から入り込もうとしているのが見える。

 普段、書斎への立ち入りは禁止しているのだが……


「そうだぞ、アキレウス。大事なことだ」


 ふと、息子殿の創作に耳を傾けてみる。

 英雄アキレウスといえば、ギリシャのトロイア戦争で有名なイーリアスの……


「夏の後は冬が来てしまうからな。その前に魔王カクテーシンコクを倒すのだ」


 夏の後に冬が来るか、春が来るかで争っている勇者と魔王らしい。秋はどうした。自分の名前にも近しい秋を大事にして、とパパジャンは思います。


「ここが魔王城か。薄暗く暖かな場所だ」


 あ、書斎の事か。そうだね。温かい。……暗く寒いじゃないだけでなんだか穏やかな気がする魔王城だ。


「賢者パパジャンもシジューカタに追われて戦線離脱してしまったのだ」


 おかしいなぁ、僕、四十肩ではないはずなんだけど。というか、まだギリギリ三十代だぞ、旭ちゃん! こいつは、パパジャンはショックで戦線離脱した疑惑が出てきましたね。


「だが人々の為、勇者アキレウスは負けない。ここで引き返しては怪盗のナオレだ。そんな奴はチキンを頼むに違いない」


 勇者、怪盗でもあるのか。忙しい勇者だな。というか勇者が怪盗をするんじゃない。

 そしてチキンな奴じゃなく、チキンを頼む奴なのか。チキンに何の恨みがあるんだ、アキレウス。


「そこで強い助っ人を呼んだぞ、アキレウス。怪獣戦隊、きゅ、きゅう……きゅー……」


 あー、ニチアサかな? 怪獣戦隊 リュウオウジャー、だったかな? 息子よ、一文字目からして違う。頑張れ。リだ、リ! リュ!


「怪獣戦隊 キューカンバーだ!!」


 きゅうり!!


「それは心強い。きっと夏が裸になる」


 どこで覚えたのその歌詞!!


「そうだ。キューカンバーによって、賢者パパジャンが回復すると、女神ママジャンが言っていた。きゅ、きゅうかん……キュウカンで治るのか。そうかー」


 きゅうりで回復? あるいは、きゅうかんで回復……何のことだろう……休刊したらパパは死ぬし、急患だとパパが死にそうですが……なんのことだろう?

 そして、さりげなく、ママも女神で登場か。ママが言ってそうな、僕が回復すること……息子殿の寝顔とか笑顔じゃなく? ママとの晩酌じゃなく……

 あ、あれか。休肝日のことかな? あー、確かに。肝臓が回復する日だね。

 

「あ、違う。九官鳥きゅうかんちょうで治るんだ! 流石は女神ママジャン。きっとこの先に魔王が居る事でしょう。我ら、きゅーかんばーも助けましょう!」


 鳥になった!

 そして、きゅうりが助けてくれるらしい。


「いくぞ! しゃきーん! きゅーかんばーライフル! きゅうかんだースラッシュ!」


 休刊だ斬り……うーん。魔王じゃないけど致命傷を負いそうです。


「やったぞ! ついに魔王、カクテーシンコクを倒したのだ」


 お、書類を出したか。確定申告、済ませとかないとなぁ。

 しかし、息子殿の創作物もここで一件落着と。魔王確定申告を倒して、春が訪れると……ほんと、秋はどうしたの?


「くっくっく、勇者アキレウスよ。残念だったな。今のは魔王の中でも最弱」


 魔王の中でも最弱! まさかの複数魔王展開!!

 息子殿、それは連載を長引かせる手口だけどやると一定数読者が離れる禁断の手だよ! うまく話が纏まったならピリオドを打つんだ、息子殿ぉ!!


「だ、誰だ、貴様!」


 だがもう連載が再開した以上仕方がない。この二人目の魔王を倒すしかない。頑張れ、勇者アキレウス!


「名乗るほどの者ではない。我は魔王シテンノウが一人、ピーマン太郎」


 名乗ってる、名乗ってるじゃねぇかピーマン!

 しかも魔王四天王、って、さっき御宅の上司、書類申請に出されましたけど!? 何やってたの四天王ぉ!

 いや……それ以前に……ピーマン太郎……


 それは、ピーマンが嫌いな旭が食べれるように、彼が好きなオヤツにかけて無理に命名し、食べてみたら美味しいかもよ、と嗾けた際に誕生した、僕の創作物きっての嫌われし忌むべき者である。


「受けよキューカンバー! お前たちのために、最高の……なんだっけ? 最高のう、うた? じゃない」


 きゅうりとピーマンの戦い!

 最高の、何だろう? 何を言いたのだろうか……あれかな? 悪役のセリフだし「最高の宴」とかかな? 持て成してやろう、的な。


「あ、そうだ。貴様らの為に最高の祭りを用意しておいたのだ!」


 お祭りになった。


「どんちゃん騒ぎにしてやろう!」


 そら宴も騒ぐけども。


「うわぁー! ぎゃー! ぐわー! きゃー! つ、強い。流石、悪の賢者パパジャンが作った悪の怪人ピーマン太郎!」


 その四天王作ったの僕だった!! いやそうだけど!!

 ぐっ……まさかのこんなところで、息子殿の中では悪役のごとき扱い……パパジャンが戦線離脱した理由ってこれでは?

 そして、戦隊ものによくある「強敵に一度やられる」っての、やるのね。そうだね。お約束の流れって大事。


「なんて奴だ。苦すぎる。近くのハンバーグも苦くなる。強い」


 うん。旭ちゃんがピーマンが嫌いな理由ってそこだよね。

 さて、戦隊ものテンプレでは、この後パワーアップした後に必殺技で倒す流れじゃないかな。こう、助っ人が登場して……


「大丈夫か、キューカンバー! 賢者パパジャンが来たぞ!」


 あ、僕だ。僕が助っ人か。良かった。これで戦線復帰できそうだぞ。


「なんてことだ。悪の賢者パパジャンめ! 新たにニンジン二郎とタマネギ三郎も連れてくるなんて!」


 はい。ごめんなさい。


「おのれ、パパジャン!! 苦いのばっかり!!」


 いやほんと、ごめんって。


「こうして、怪獣戦隊キューカンバーは敗れたのでした」


 敗れたぁぁ!! 苦味三兄弟にきゅうりが負けたぁぁぁ!!

 というか、テロップが流れるのか。いや、展開急すぎないかい、息子殿? あとごめん。


「しかし、勇者アキレウスがまだ居ました。アキレウスの究極の魔法がさく裂します!」


 お、ここでアキレウスが!

 そうだよ、何やってたんだ勇者。うん、見せてやれ大英雄!!


「悪の賢者パパジャンにはこの魔法が一番効く! 召喚魔法! 女神、ママゴーン!」


 よくご存じで。というか、女神名前が変わってない? ゴルゴーンみたいになってるけど。

 というか、そこでママを呼ぶの反則じゃない? 待って。待つんだ息子殿。話せばわかる! ピーマンとニンジンとたまねぎのことは謝るから。


「ママゴーンの究極魔法! 晩御飯だからもう片付けなさい!!」


 それいつも君が言われてるセリフぅ!


「うわぁー!!」


 それでいいのか。それでいいのか……


「こうして、世界に春が訪れたのです。最高の祭りが春に訪れます。お祭りではピーマンとニンジンとたまねぎが乗ってないハンバーグが振舞われます」


 いいんだ。そうだな。いいということで。


「そのころ、アキレウスの生まれた村では……」


 別視点で続いた!?

 む、息子殿、それは禁じ手「一方その頃」じゃないか! それはとても難しいんだぞ! それをやるのか、息子殿!

 ……これは、我らが息子殿の幼くして文豪っぷりが発動してしまっている……流石の英雄アキラウス。いや、王子アキラ? 可愛さでは姫かもしれない。姫殿下アキラ……これだな。流石我が子。


 と、そこで妻の声が書斎に聞こえてくる。


「こら! 旭、書斎は入っちゃダメって言ってたでしょ?」


 旭は咄嗟に人形を持って書斎を飛び出していってしまった。

 アキレウスの生まれた村で何があったのか、正直気になる。


 僕は正直とっくに筆を止めていたので、笑いながらそれに注釈を入れる。


「いや、大丈夫。大英雄アキレウスの冒険譚を聞いてたから。いい休憩になってたから大丈夫」


 妻の顔には疑問が浮かんでいたので、後でこの話をまとめて聞かせようと思う。



 ふと、書斎の外の廊下を旭が走り抜け、妻が声を張り上げた。


「もう晩御飯だから片付けない。晩御飯はハンバーグにするから」



 あ、そうだ……後で、妻と苦味三兄弟の味付けを相談しなくては。

 悪の賢者パパジャンはそう思うのであった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

怪獣戦隊 きゅーかんばー!! 九十九 千尋 @tsukuhi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ