神獣ガドルバス、最後の戦い
神獣ガドルバスは、人間と共生してくれる希少な神獣だ。
借り物の白槍を振るいながら、カミツキはふっと思い出す。
神獣戦士であった父が、よく自分に言って聞かせていたことを。
我々人間は、ガドルバスの縄張りを借りることで生きている。
縄張りの外に出れば、たちまち大量の災獣に食われてしまうから。
白い槍の穂先が、小型災獣の心臓を突く。
ガドルバスの抜けた牙で出来た槍は、硬い災獣の鱗を物ともしない。
飛び掛かる災獣の爪を槍で受け、カミツキは跳靴に力を込めてバックステップ。
跳靴に仕込まれたバネは、ガドルバスの爪を特殊な方法で加工したもの。
身体の各部を覆う軽鎧も、剥がれ落ちたガドルバスの鱗や甲殻から出来ていて。
「だらァッ!」
木を蹴りつけ、前に出る。
勢いと共に尽きたされた槍は、災獣の顎を貫いて脊髄を破壊した。
神獣戦士は、ガドルバスの力を借りる事でその戦闘力を保っている。
カミツキは思っていた。全ては借り物だ。ガドルバスという虎の威を借りていたに過ぎない。人間はある種、ガドルバスに飼われているも同然なのだとさえ。
けれど、その認識は誤っていた。
「っしゃオラ! 小せぇのはかなり片付いたぞ!」
見上げ、叫ぶ、
ガドルバスは横目でちらりとカミツキを見て、視線を敵へと戻す。
小型の妨害が減った事で、ガドルバスは巨災獣とギドラルドに集中することが出来ていた。もしガドルバス単体で戦っていたのなら……今頃は、もう。
「次はテメェだ! テメェの番だ!」
「……キュォォォ……」
カミツキの言葉に、ガドルバスが小さく鳴いた。
返事をしたのか、偶然か、図る術をカミツキは持たない。
それでも、もしガドルバスの方も、人間たちと同じように思っているのなら……
「キュオォォォォォッ!」
ガドルバスが雄叫びを上げる。
真っ先に動いたのは、上空を飛行するギドラルドだ。
ガドルバスの背に着地して、踏み潰すように体重をかける。
ガドルバスはけれど、屈しない。身体を地面すれすれまで押し込まれながら、それでも四つの足で踏ん張って、ギドラルドを跳ねのける。
同時に、突撃してきていた巨災獣に、強靭な尾を叩きつける。
ばちんっ! 音と共にふらついた巨災獣に、追い打ちをかけようと走るガドルバス。
だがそれをギドラルドは許さない。翼を振るいながら跳ぶことで、ガドルバスの前へ躍り出ると共に、爪撃。紫の血が飛び散り、ガドルバスがよろめいた。
「っ、目を……!?」
ギドラルドの爪は、ガドルバスの右目を潰してしまった。
ふぅぅと深く息を吐きながら、身を低くして警戒するガドルバス。
ボタボタと垂れる血が木々の枝をしならせ、独特の錆ついた匂いが周囲に立ち込める。
小型の妨害は排除した。
それでもなお攻めきれないのは、巨災獣をカバーするギドラルドの存在が大きい。
厄災獣と呼ばれるそれは、通常の巨災獣にはない翼を持ち、故に恐れられていた。
普段は神獣を警戒し縄張りに入っては来ないから、ガドルバスにとっても、交戦経験の少ない相手だろう。
(……どう、する?)
カミツキは考える。
巨災獣たちとの戦いは、あくまでもガドルバスの領域だ。
かなり数を減らしたとはいえ、小型災獣はまだ残っている。
どうするもこうするも、引き続き小型を潰して援護とするのが一番妥当かつ、足を引っ張らない策だと、カミツキは理解している。
それでも、惑った。
傷つき、衰えたガドルバスが……このまま、二体の災獣を相手に勝てるかどうか、カミツキには分からなかったから。
「カミツキィ! 無事かお前!」
「センパイっ!? あれ、他の災獣はどしたんスか!?」
「援護が来た! んで何人かはこっちまで来てる。残りは街の方だ」
短く伝えながら、駆け寄るキリサキがガドルバスを見上げ、眉を寄せる。
「神獣様、苦戦してるな」
「……羽の奴がかなりジャマっぽいッス」
「あー……神獣様四つ足だからなァ」
言いながら、キリサキは近寄る災獣の頭部を叩き潰す。
息は乱れていたが、体力はまだ余裕があるらしい。やはり先輩も歴戦の戦士だな、と思いながら、カミツキはしばし言葉に迷う。
「……オレ、ちょっと分かったんスよ、今更だけど」
神獣との共生の意味。父が死んだ理由。
納得しきれたわけでも、満足出来たわけでもないのだけれど。
「オレ、アイツにやられて欲しくねぇッスわ」
そう思える程度には、なっていた。
キリサキはカミツキの言葉に、少し驚いたように頷いて……
「……で?」
間を置いて、問い返す。
まさか聞き返されると思っていなかったカミツキは、目を丸くしてキリサキの顔を見た。
「いや。お前が立派な神獣戦士になってくれて、オレは嬉しいぜ。……で、そうなったお前はこれからどうする? 何がしたい?」
キリサキに真正面から問われて、カミツキは戸惑う。
カミツキの中から、以前のような怒りは抜けていた。
何が何でも自分たちの手で災獣を倒すべきだと、少し前までのように断言することは出来なくなっていて。
それでも。息を乱し、血を流しながら戦うガドルバスの姿を見て、カミツキは思う。
「……やっぱ、アレっすね」
「アレか。ま、そうでなきゃオレも調子狂うんだよなぁ」
言いながら、キリサキはぼりぼりと頭を掻き、槍を握りなおす。
「んじゃ、こっちは先輩に任せな。他の神獣戦士たちもすぐ助けに来る。心配はいらねぇ。お前はお前の好きなように……」
「……厄災獣、ブッ潰します!」
キリサキが言い終わる前に、カミツキは跳靴を踏み付け走り始める。
瞬く間に森の奥へ消えていく後輩の姿に、キリサキは苦笑した。
「最後まで言わせろってんだよ、アホ」
*
神獣と人間は、共に戦う仲間だ。
だからまぁ、頼り頼られるのも悪くない。
悪くはないが……それは、それ。
「人間の相手が小型だけとか、ンなルールはねぇハズだよなァッ!」
カミツキが向かうのは、昨日大弓をセットしたエリア。
目印は付けてあるから、大体の場所は分かっている。
問題があるとすれば、撃ち出せる弾が借り物の大槍程度しかないことか。
(チャンスは一発!)
外せばそこでお終いだ。準備していた武装は大体無くなってしまっているし、本当に出来る事が無くなる。……それでも、あのままジリジリと削られるのを見ているよりは良い。
カミツキは大弓を発見し、軽く状態を点検してから、狙いを定める。
ガドルバスは、相変わらず苦戦していた。
対処はギリギリ出来ていないことも無い。致命傷を避けるだけの余裕はある。
それでも、攻められない。ギドラルドは攻め込めば空に逃げるし、巨災獣を狙えばギドラルドの援護攻撃が飛んでくる。
反撃がしづらいまま、少しずつダメージが蓄積している。体力も消耗し、戦い始めに比べて動きも鈍って来た。
「キュオォォォォォッ!!」
それでも、ガドルバスは地を蹴り、懸命に隙をついて反撃を狙っている。
パワーで言えば巨災獣や厄災獣よりもガドルバスの方が断然上だ。チャンスさえ掴めれば、いかようにも逆転できるだろう。
だから、狙う。
戦いの最中、落ち着きなく高鳴る心臓を深呼吸で冷やしつつ、カミツキは大弓に槍を番えた。……狙う相手は、巨災獣ギドラルド。
「ギュルォァアアアアッッ!!」
だがその動きは変幻自在であり、落ち着きがない。
撃って、着弾するまでの間に位置がブレるだろう。そうなっては意味がない。
焦るな、とカミツキは自分に言い聞かせた。槍を撃つのは何のためだ。自分の考えが正しいと証明するため? 違うよな。アイツと一緒に戦うためだ。
……なら、今はアイツを信じよう。
カミツキは手の震えを抑えながら、じっとガドルバスの戦いを見る。
巨神獣を払いのけ、噛みつこうとするガドルバス。
けれどやはり、それをギドラルドが邪魔をする。翼をはためかせ、見えない右から蹴りを入れようとするギドラルド。死角を利用した一撃は、けれどだからこそ、ガドルバスの警戒の範囲であった。
「キュオォッッ!!」
半歩下がり、爪で切り裂かんとするガドルバス。
だが空を飛べるギドラルドは、当然翼を振るい上空に逃げた。
そこへ。
白槍が、飛ぶ。
「っしゃ、命中ゥッ!」
「ギュルォァアッッ!?」
音も無く、白い穂先がギドラルドの翼を貫いた。
小さな穴は、それだけでは飛行能力を奪うに足りない。
だがそこから発生した痛みは、驚きは、ギドラルドの高度を僅かに下げるには十分で。
それだけの隙があれば……ガドルバスが牙を喰い込ませるのに、何の不足も無かった。
「キュォォォッ!」
雄たけび、食らいつく。
同時に地上に引きずり降ろされたギドラルドは、身体を強打し鈍い音を立てる。
そのまま後ろ足を噛み潰すガドルバス。バギンとやけに軽快に響く音は、ギドラルドの骨の軽さを物語る。
足を砕かれ、翼を負傷したギドラルドは、すぐに飛び立つ事など出来はしない。
力を失ったそれを、ガドルバスは巨災獣へと投げつけ、叩きつける。
「グルォァッ……!?」
視界を奪い、動きを封じた。
たとえ一瞬の事でも、神獣を相手にその隙を晒す事が何を意味するか、理解の出来ない災獣たちではない。
断末魔は、上がらなかった。
地を蹴り跳んだガドルバスが二体の首骨を砕くのに、それほどの時間は掛らなかったから。
「キュォォォォォォォォッ……!!」
代わりに上がったのは、ガドルバスによる勝鬨と。
「よっ……っっしゃぁぁぁあぁぁぁぁあああァッッ!!」
数多の神獣戦士による、歓声。
けれど、人々が神獣ガドルバスの鳴き声を聞いたのは……
……それが、最後となってしまった。
*
神獣ガドルバスは死んだ。
戦いの末、勝利と共に命を終えた。
それが傷によるものか寿命によるものかは判然としない。
カミツキの行動が命を削ったのか伸ばしたのかも、分からない。
ガドルバスの町は密かにその効力を失った。
時間が経てば、それを知った災獣たちが群れを成して襲い来るだろう。
多くの者は恐れ嘆いたし、他の神獣都市へ危険な旅をするという者もいた。
けれど、この街にも希望は残されていた。
「センパイ! こいつそろそろ狩りに連れてきましょうよ!」
「あー……良いかもな。つってもお前、今はまだ戦わせんなよ?」
「わーってますよ! 見せるだけ! 見せなきゃ何も分かんねぇんスから」
神獣ガドルバスの亡骸から、その生き物は発見された。
おそらくはガドルバスに関係するものなのだろうが……神獣の生態を完全に把握しているものがいない以上、それが何なのかは断言できない。
「キュルル……?」
けれどその四つ足と、未発達ながら硬い甲殻を見れば……誰でも、理解できるだろう。
「んじゃ、オレたちの戦い方を教えてやるからな……ガドルバス!」
この獣は、きっとガドルバスの幼体なのだと。
彼が成長するまで共に生きることが出来れば、あるいはまだ……この街も、神獣との共生関係を続けていけるかもしれない。
困難な道ではあれど、カミツキは悲観していなかった。
この街は、神獣と共に生きていく。
その関係性は、今までも、これからも、変わりはしないのだから。
【終わり】
神獣ガドルバス、最後の戦い 螺子巻ぐるり @nezimaki-zenmai
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