神獣戦士


「カミツキ! これ使え!」


 予備の槍を投げ渡され、カミツキは目前の黒い獣の群れを見る。

 ガドルバスの周囲を囲うように広がっていくそれは、近頃縄張りにやってくる災獣たち。

 見慣れた相手だが、数が……多い。


「救援は来るんスか!?」

「来る、が、正直囲われる方が速かったなこりゃ……」


 はぁ、とキリサキはため息を吐く。

 応援が到着したとて、外側からここまでたどり着くには時間がかかるだろう。

 それまでは、カミツキとキリサキ……それから、近くを見回っていた四人ほどの神獣戦士のみ。


「マズいよなぁ……」


 神獣戦士の得意技は、跳靴によって上乗せされた速度と威力だ。

 それを操るには、多少自由に動き回れるスペースが要る。

 周囲を数で埋められた状況など、まず想定されていない。


 ……が、そもそもの前提として。

 災獣たちが群がっているのは、誰あろう神獣ガドルバスそのものなのである。


「――キュオォォォォォッ!!」


 目を覚まし、ガドルバスは雄叫びを上げながらゆっくりと身体を起こす。

 皮膚を震わすその咆哮に、小さな災獣たちは一様にひるんだ。

 それから……ダンッ! 前脚の一撃により、ガドルバスを囲う輪の一部が潰される。


(――今だっ!)


 災獣たちの警戒がガドルバスに向いた。

 その期を狙い、カミツキは地面を強く蹴ると、跳靴のバネを発動させる。

 ザシュ! 刺突は三秒の後に災獣の一体を貫く。

 普段のカミツキならばそれからすぐに別の災獣を刺しに行ったが……


(速さが足んねぇ……!)


 木々を利用し威力を増す事が、相手の数ゆえに難しい。

 結果、災獣の頭部を蹴りつける事で、一撃離脱。距離を取りながら、跳ね続ける事で速度と威力を溜める。


 ガドルバスは、そんなカミツキの動きをチラと横目で見、そのまま直進する。

 前方には、昨日倒し損ねた巨災獣と……厄災獣ギドラルド。

 ガドルバスが臨戦態勢に入ったと理解したギドラルドは、バサバサと巨大な翼をはためかせる。あまりにも巨大な身体はまともに浮くと思えなかったが、竜巻のような強風を生みながら、ギドラルドの翼は確かに彼を浮遊させる。


 最初に飛び出したのは、巨災獣である。

 昨日の雪辱を晴らさんとばかりに飛び掛かる巨災獣に、ガドルバスは対抗するように地を蹴り、突撃する。

 巨大な身体同士がぶつかり合い、ぼぅんと低く音が鳴る。


「アイツ、もう動けんのか……!?」


 戦い始めたガドルバスを見て、カミツキは驚き目を見開く。

 昨日は肩の負傷でまともに動けてはいなかった。その傷も、完全に治っているわけじゃなかろうが……


「動かなかったのは、戦う事を想定してからかも……なッ!」


 キリサキが言いながら、槍の穂先を災獣に叩きつける。

 ガギンッ! 力任せの一撃は、災獣の頭骨を砕き地に押し付けた。

 キリサキは跳靴で走りはしない。ただ高く跳躍しながら、体重を乗せた一撃を放つ。

 それは跳ね回るには自重の重いキリサキの体躯に合わせた戦術だが、ギドラルドの翼によって風の吹き荒れる今この場では、最も安定して見える戦闘方でもある。


 無論、それを真似るカミツキではないが。

 木々を利用しづらい分、カミツキは短い距離を跳ね走ることで跳靴の力を溜めていく。

 風によって砂が巻き上げられ、カミツキ自身の体も大きくよろめいてしまうが、それは己の体幹で無理に従える。

 否。従えなくてはならない。まだ若く成長途中のカミツキの体では、キリサキと同じ手では威力に劣ってしまうのだ。


 ずざ、と音を立てながら、着地と同時に身体を捻り、標的に狙いを定め……ダンッ!

 弾丸のように飛び出したカミツキは、災獣の首を貫くと、勢いのまま蹴りで槍を引き抜き、また離脱。


 チラとみると、災獣の動きは二つに別れつつあった。

 邪魔をする神獣戦士を狙うもの。

 引き続きガドルバスを狙うもの。

 瞬間、カミツキは迷う。自分が優先して貫くべきは、どちらか?


「カミツキィ! お前はまだ神獣戦士だろうがッ!」

「っ……でも、そうしたらセンパイは!?」

「自分の身ィぐらい自分で守れんだよアホ! 先輩ナメんな!」


 災獣の顎を下から叩きつつ、キリサキは言う。

 神獣を守れ、と。災獣一体一体の攻撃など神獣には届くまいが……数と状況が、悪い。


 ぶぉんっ! ガドルバスの尾が音を立てながら、巨災獣の頭部に直撃する。

 衝撃をマトモに喰らった巨災獣は、頭から地面に叩きつけられる……が、そこですかさず、ギドラルドが空から強襲を掛ける。

 落下しつつの爪撃が、ガドルバスの表皮を削り取る。唸り、ひるんだガドルバスの足に、何体もの災獣が食らいついた。


「キュォァッ……!」


 動きが鈍る。

 小型災獣自体はやはり、ガドルバスの敵ではない。

 それでも痛みを与え、判断力を落とす程度の力はあるし……何より、もしガドルバスが小型災獣の排除に動けば、その隙を逃す災厄獣ではないだろう。

 故に、それを。


「退きやがれってんだよォッ!」


 カミツキが貫き、落とす。

 一度に倒せる数は多くない。一体倒せば距離を取るよう心掛けねば、戦いに巻き込まれて踏み潰されるだろう。

 それでも、カミツキが小型を散らす事には大きな意味があった。


「キュオォォォォォッ!!」


 ガドルバスが、小型の存在を無視できる点である。

 再度の強襲を掛けるギドラルドだが、二度目の爪撃はガドルバスの甲殻によって弾かれた。反対にガドルバスはギドラルドの足に喰らいつき、首を使って巨災獣へと投げた。

 どぉん……っ! 激突させられた二者は体勢を崩す。四つ足の巨災獣はけれど、ギドラルドの身体を退かすと、もう一度ガドルバスに突撃をかけた。

 ガドルバスは上体を持ち上げ、真正面からそれを受け止めると、巨災獣の身体を上から抑え込んだ。


「グォァァァッ!」


 たまらず叫んだ巨災獣。その声に従うように災獣がガドルバスの元へ向かうが、ギドラルドが倒れ風の止んでいる今、カミツキも跳靴を万全の状態で振るえる。

 飛び掛からんとする小型の群れを飛び越えて、その先頭を走る一体を刺し潰すカミツキ。

 仲間の死体は災獣の足を止める。そのまま反対側まで走り、ダンっとカミツキは跳ぶ。


「足、借りるぞガドルバス!」


 そしてガドルバスの足を蹴ることで、反転。

 勢いを殺さず二体目の災獣を貫いた。仲間の戦士が見れば眉を顰めるであろう戦い方だが、ガドルバス自身は意に介さない。

 気にせずマウントを維持し続けたガドルバスは、そのまま巨災獣の首元に食らいついた。


「っしゃ、そのまま噛み潰しちまえ!」


 カミツキは叫ぶが、しかし寸での所で起き上がったギドラルドが、巨災獣を助けるために翼を振るい、ガドルバスの頭部を蹴る。

 自然、風をモロに喰らう事になったカミツキはよろめいた。

 が、小型災獣とてその風を無視できるわけではない。

 一旦距離を取り、カミツキは状況を整える。

 そして深呼吸しながら……あれ、と思い返す。


(なんでオレ、今喜んだ?)


 ガドルバスが巨災獣を倒そうとしたことに、歓喜していた。

 それは自然なことのように思えるが、カミツキにとっては異常なことである。

 無論、そもそもこの状況だ。ガドルバスに勝ってもらわねば自分達の街も滅ぶ事になる。だが、それを差し引いても……


「……なんっでだろうなぁッ……!!」


 モヤモヤした感覚を振り払うように、槍を握りなおす。

 よろめいたガドルバスは、尾でギドラルドへの反撃を狙うが、ギドラルドは高く舞い上がることでこれを回避。

 吹き飛ばされそうになりつつ、カミツキは風の間隔を掴み、翔ける。


「わっかんねぇ……けど、さぁッ!」


 紫の返り血を浴びながら、自然とその口角には、笑みが浮かび上がる。

 自覚は無かった。戦いに必死で、自分がどんな顔をしてるのかなど。

 それでもカミツキは、この土壇場で、戦いの中で、理解しつつあった。


「分かんねぇけど……分かって来たわァッ……!」


 なぜ父は戦いの中で死んだのか。

 なぜガドルバスは父を守ることなく巨災獣と戦ったのか。

 そもそもの話、カミツキは大きな勘違いをしていたのだ。


「テメェの事はまだムカつくけど! しょーがねーから……一緒に戦ってやるよォッ!」


 自分達人間は。

 神獣戦士は。


 最初から、神獣に護られるだけの存在では……ないのだ。



【続く】

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