約束の丘


 ぼくはルナと約束をして別れた。


「高等学校を卒業したら、約束の丘にUターンしよう」


 約束の丘。寄宿舎ドミトリィの裏手の高台だ。

 夜露に濡れる草の寝台に仰向けになって星座を眺めるのは、とても贅沢ぜいたくなリラックスの時間だった。にもかかわらず、十七號室トリカゴを抜け出した後ろめたさで速まる鼓動。ぼくは、飛べない仔鳥とりのような心を級友に悟られないよう、気丈に振る舞っていた。


 生まれ育った国のそらを仰ぐ。ぼくは伯父の転勤に合わせて転校を繰り返しながら、高等学校の単位を修得した。忘れていたけれど、ううん、忘れるようにしていたのだけれど、ぼくの両親は十年前の自動車事故で、秋の星座になったんだ。


 そう。ふたりとも魚座だった。魚座のリボンをつないで一緒に逝った。とても仲が良かったんだろう。ぼくは地上に取り残された。


 ひとりはさみしい。誰か、ぼくをあたためてよ。鳥籠トリカゴのような寄宿舎ドミトリィいていたのは、ぼく? それとも、きみ?


 不安に羽を震わせていた仔鳥とりのような少年を思い出す。ルナ。気になりながら、あえて連絡を取り合わなかった。きっとおそれていたんだ。お互いになく、しなだれようとする心。断ち切るしかなかった。


 ルナは昔の、ぼくみたい。呼吸さえ、ままならない生まれたての雛鳥ひなどりみたい。

 ぼくも雛鳥ひなどりだったんだ。だけど、きみと一緒にいてしまうと、一呼吸ひといきに崩れていくような気がした。空元気カラげんきでもいい。強くて明るい少年を演じきっていた。


 仔鳥とりく。僕の端末の着信音だ。メールを受信する。差出人は……ルナ!


『久し振りだね、サキ。元気かい?

 ぼくは無事、高等学校を卒業したよ。

 今は天文学を勉強しているんだ。

 将来、天象儀館プラネタリウムの業務に就きたくて。


 ありがとうね、サキ。

 きみと暮らした学生生活のおかげで、ぼくは星座に興味を持てた。

 弱かった心が強くなった。

 不安な夜には魚座のリボンを心に想い描いて、確かにサキとつながっているんだって、そらを見上げて心強くなれた。


 きみが伯父さんに連れられて行って、数日後に知ったことがある。

 幼き日に御両親をうしなっていたんだね。一言もらさないんだもの。

 サキは強いね。置かれた境遇に泣きたくなった日もあったでしょう?

 ぼくは弱いのに、優しかったサキの繊弱よわさに気付いてあげられなかった。

 ごめんね。


 少し強くなったよ。きみを羽で包む鳥とまではいかないけれど、鳥には成れるような気がするんだ。

 ぼく、何が大切なのか分かったんだよ。

 教えてくれたサキに逢いたい。約束の丘でリボンを手繰り寄せたい。

 心の故郷へUターンしよう。返信、お待ちしています』


 控えめながらも、しかとした心の強さが表れた文章に、頼りなく震えていた仔鳥とりかげは無い。


『ルナ、メールありがとう。

 待っていたよ。リボンを手繰り寄せよう。

 ぼくらが心の故郷にかえとき、アルファベットの『U』のカタチに希望をつないだ星座がきらめいて、ふたりで見上げる水宙そら少年こどもの日と等しく美しいに違いない。

 約束の丘で、魚座が一等、輝く季節の夜に逢おう』


 ☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆…


 そして、ぼくは一足先に約束の丘に着いた。

 手足を投げ出して仰向けになる。懐かしい草の香り。可憐かれん仔鳥とりき声。ぼくの端末メールの着信音。


『あと五分で着きます』


 心のUターン。想いが通じる五分前。

 心臓は仔鳥とりのように脈打っていた。

 ぼくらは男の子同士だけれど、互いを大切に想い合う心は、恋愛の始まりにも似た温度あたたかさだ。


「おかえりなさい」


 あの日のように言うんだ。

 透明なリボンが夜風に遊ぶ。頬を水紅色ときいろに染めた、きみに逢う。


                             -終-

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魚座のリボン 宵澤ひいな @yoizawa28-15

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