魚座のリボン
宵澤ひいな
寄宿舎
眠る
ルナは、浮き出た
「……サ」
ぼくは、すかさずルナの肩を揺すり起こした。ルナは、限りなく溜め息に近い
「サキ、ぼくは、また歯を
覚醒したルナは、ここ数日の歯痛の原因が自分にあったことを認識したようだ。ぼくは、昨夜の残りのパルファンキャンドルに
「今夜で連続一週間だ。やっぱり、ぼくが勧めた
特に強く噛んだらしい右の頬に手を当てて、ルナは
☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆…
七日前の
「
規則違反に
「焼き立てだよ。半分ずつしよう。物分かりのいい伯父の、せっかくの好意。冷めないうちに」
早々と面談を終えたぼくは、保護者である伯父の差し入れをありがたく受け取り、好機を活用しようとしている。しかし、同室のルナは
「ぼくは、いつ先生が入って来てもいいように、
「それ、余計に怪しまれると思う。だいたい、どんな言い訳をするつもりさ」
「それは……」
「考えるよりも、証拠を隠滅させるほうが賢明さ。早く食べて、歯を磨いてしまうんだ」
「包み紙は? この部屋から甘い香りのゴミが出るよ」
「大丈夫。ぼくは今日、校長室の掃除当番に当たっているから、
とことんまで追求して、ようやく納得したらしいルナは、
「もう掃除の時間だったかね。ご苦労なことだが、よろしく頼んだよ」
温和な笑顔の校長先生が、部屋を退いた。ぼくは、ひととおりの清掃をこなし、ゴミ袋を片手に友人の部屋を
そのうちのひとりが、早くも教師の口から
「サキ、伯父様の
真実が流布していることに軽い驚きをおぼえる。できれば、目立たないように立ち去りたかった。
「先生たちが話しているのを聞いたんだ。ぼくは、サキを信頼していたのにな。本当だとしたら残念だよ。サキが十日後には帰ってしまうだなんて」
「……本当だよ。でも、決して他言しないで」
「やっぱり本当なんだ。噂に疎い、ぼくの耳にも入ってくるぐらいだものね。たぶん、この棟の生徒は皆、知っているよ。きっと、そのうち騒ぎ出す」
彼の予告は的中して、ぼくは
ようやく
「サキ、おかえりなさい。言えなくなる日が来るんだ。ぼくらは、もう一緒には、いられないんだね」
その夜から、ルナの歯は痛み出した。
☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆…
「ルナ、嫌な夢でも見ていたみたいだ」
ぼくは、寝台上に身体を起こしたルナに、
彼の沈黙は長い。
「ずっと
ナイトテーブルに
「仕方ないよ。父親代わりの伯父が海外赴任しているあいだだけ。そんな約束で編入してきたんだから。ルナにも
「そう。あの人はリボンを切りに来るんだ。いつも夢に見る」
「リボン?」
「魚座のリボンだよ。ぼくら、同じ魚座生まれだった」
ルナは
「ぼくは十二星座が十三星座に変わっても、魚座のまま変わらないんだ。だからかな? 本当に
☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆…
ぼくは、ルナと同室になった
「きみが同室になる生徒は、とにかく、おとなしくて、人を寄せ付けない感じさえすると教師間の話だが、今は
「そうなの? ぼくは、お
目上の人に対して砕けた口調で答えたので、伯父に
ルナは、先生に聞かされたとおりに無口な少年だったけれど、ぼくは別段、不都合をおぼえるでもなかった。
それにしても、いつから言葉で打ち解け始めたのだろう。
——魚座のリボン。
不意に頭の中をルナの
「魚座とは、黄道十二星座のひとつです。黄道十二星座とは、一般的に星占いに登場する星座ですね。皆さんも
ロイド眼鏡の先生の問いに、ぼくは元気いっぱいに挙手をした。ルナは、おずおずと片手を耳の辺りまで挙げた。
先生がスライド表示する魚座。二体の魚が尾をリボンで
「今日の星座の授業、興味深かったよね。ぼくは、魚座の話が好きだけれど、きみは、どう?」
理科教室から
「魚座のリボン」
☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆…
「ぼくも魚座だよ。だから、
三日後に伯父が迎えに来る。ぼくは生まれ育った異国の地にUターンする。そろそろ荷物を
「ぼくらは、こどもだもの。抗えないことが自由になることと同じぐらいに、もしかしたら、それ以上にあると思う。でも、受け入れて、やっていくしかないんだ。きっと古来の魚座も、そうだよ。不可抗力に引き離されそうになったから、リボンで
「そのリボンが切れる夢ばかり見るんだ。引き離されて、もう戻らない」
「もういちど、リボンを結ぶために、歩み寄ればいいだけの話じゃないか」
ぼくは、たいした思索も無しに言った。けれども、深く思った末の結論と一致している感じもした。おそらくルナの歯が痛み始めた一週間前から、無意識の思索を続けていたのだと思う。
「ねぇ、ルナは、この
ルナは、この先、どうやって生きていけばいいのか。分からなさに押し
「ぼくは、これから新しい学校に
「何が大切なのか、分からなかったら?」
「分かるよ。アルファベットの『U』のカタチに結び付いているんだもの。ぼくはルナと過ごした時間を、心の故郷だと思って大切にしている。大切な場所にUターンする。その
還流する心の流れは、ゆるやかな『U』の軌跡を未来に描き出す力を持つ。
しばらく離れて自由に泳いだとしても、互いを見失ったりしない。
ぼくはルナの涙を指で拭う。そして、ふたりで帰郷の荷物を
ぼくらは、友情を解くことなく未来に踏み出す。
それは、とても自由な
-続-
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