年上の彼女が僕に言う「君との出会いを」
玉椿 沢
第1話
五つ年上の僕の彼女――
知り合ったのは何を思ったのか、大学へ進学した先輩からメンバーが足りないからと呼び出された合コンだった。
孝代さんも、後輩からメンバーが足りないからと呼ばれたといっていたから、実はメンバーが足りないというより賑やかしが欲しかったのかも知れない。
――記憶なんていい加減なものだから、事実がどうだったか怪しい記憶は、面白そうな方を信じてるの。
不思議と気が合ったのは、そんな言葉が出て来たからだったかも知れない。
様々な話題が色々と飛び飛びに出てくる話し方も、他の人は辟易する事があるというのも聞いているけれど、僕には合っていた。大好きなF1ドライバーも同じだったけど、孝代さんの記憶が違っていても気にならなかった。
――いや、デビュー戦でポールポジションは取ったけど、ポール・トゥ・ウィンはしてないよ。
――あれ? そうだったっけ? ゴメン。
この辺りが、「事実かどうか怪しい記憶は、面白そうな方を信じる」って事なんだろう。
それなりに平穏で、それなりに不穏な孝代さんとの毎日が始まったのは――、
「あァ、五輪があった頃か」
思わず呟いた声は独り言にしては大きかった。
「どしたの?」
カウンターキッチンの向こうにいる孝代さんが、目を丸くして顔を向けていた。
「人数合わせで呼ばれた合コンがあったの、五輪があった頃だったっけって思ったんだ」
「ごりん?」
孝代さんは察しの悪い顔をしていた。だけど、その顔に僕は少しだけほくそ笑む。
「4年に一度の」
そういえば分かるだろうという顔をしながら、僕が思っているのは、寧ろ孝代さんの方が五輪なんて単語を使いそうという事。
「わかりにくい方の単語を使うね。拘りかい? ワトソンくん」
「五輪じゃない方の有名な名前は、商標の関係で公共の電波には乗せられない単語なんですよ。知っているでしょう? 先生」
孝代さんのノリに合わせたつもりの僕だったけど……、
「え? そうなの?」
知らないのかよ!
こういうどーでもいい事に詳しいのが、話を飛び飛びにして取り留めのないことを話すのが好きな孝代さんじゃないのか。
「寧ろ、知らない方に驚いたよ。国営放送では、その単語、使ってないでしょ」
でも孝代さんの知らないところを突けたのは、少し嬉しい。
少し嬉しいけれど……、
「寧ろ、そっちの方が驚いたよ、ワトソンくん」
反撃は嬉しくない。
「日本にあるのは国営放送ではなく、公共放送だ。電波法でそうなっているのだよ」
しかも、どーでもいい。
「意味が伝わればいいじゃないか」
「唐突に出て来た五輪じゃ、私には意味が伝わらなかったなぁ」
孝代さんの笑い声と一緒に聞こえてくるのは、カラカラとマドラーが氷とグラスを鳴らす音だ。
そして持ってきたものは、琥珀色のグラス。
「それに、4年に一度の事なんて、よく覚えてない。だから怪しい記憶は全部、面白い方を採用するの」
そのグラスを一つ、僕の方に寄こしながら、孝代さんは小首を傾げて僕の方を見る。その顔の下で、僕との出会いを面白い記憶に変えてるんだろう。
「人類は4年に一度、夢を見る」
それは僕も知っている。市川崑監督の東京オリンピックって映画の冒頭に流れるメッセージだ。
「夢なんて目が覚めたら覚えていられないし、面白い夢だった事にするでしょ」
そういいながら孝代さんが指差すグラス。
「うん? うん……」
促されたような気がしたグラスの中身は、紅茶? 炭酸入り?
「その日、お酒が飲めない君と私が飲んでたもの」
孝代さんが白い歯を見せて笑った。
「濃縮紅茶を指一本分、シトラスフレーバーを目分量で少し。指三本分、炭酸を入れて、倍になるまで氷を投入。多分、再現されてるよ」
孝代さんも飲みながら、
「これは4年に一度、出そうか」
多分、僕が思い出したのと同時に、孝代さんも思い出したのかも知れない。
それなりに平穏で、それなりに不穏で、いい事も悪い事もイーブンになっている僕の毎日を、8割くらい担当してくれる孝代さん。
いつも僕に
年上の彼女が僕に言う「君との出会いを」 玉椿 沢 @zero-sum
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます