【KAC20205】お絵描き系ユーチューバーMOMO、相談者に水着を購入させる

babibu

お絵描き系ユーチューバーMOMO、相談者に水着を購入させる

「水着を買いましょう!」


 私はユウシャさんにそう提案する。ユウシャさんというのは五人目の相談者。二十代半ばくらいの中肉中背の男性だ。もちろん彼の名前は仮称だ。


 机を挟んで向かい合って座る私たちの間に一瞬、沈黙が流れる。


 私の提案を聞いたユウシャさんは、呆気にとられた顔で「……え、何て言いました?」と訊き返してきた。


「だから、!」


 今度こそ伝わるようにと、ゆっくりと言い直したのが私、お絵描き系ユーチューバーのMOMOもも

 今日、私は『デジタルお絵描きお悩み相談会』と言うイベントのゲストアドバイザーとして、大手家電量販店の特設イベント会場に来ている。


「僕の前の相談者さんたちへの回答とは、あまりに毛色が違うんですけど……」


 ユウシャさんはそう言って言葉を濁し、困惑した表情で「どえらいどんでん返しをくらった気分です」と言った。

 そして彼は一瞬考え込むような仕草をし、私への質問を口にした。


「僕が女物の水着なんか買ったら、変態だと思われませんか?」


 ユウシャさんが困り切った口調で言う。


「思われるかもしれませんが、必要なので仕方ないです」


 私はきっぱりと言い切る。そして「大丈夫! ネット通販で買えば恥ずかしくないです!」と彼を励ました。


「……そういう問題?」とユウシャさん。


 私は無言で深く頷く。


「マジですか……」


 ユウシャさんが消え入りそうな声でそう応じる。


 何故、私たちが女物の水着を買うの、買わないのの話をしているかと言うと、それはもちろんユウシャさんのご相談内容を解決する為だ。

 ユウシャさんは『水着の美少女をもっと上手に描きたい!』とのこと。

 それに対して私が出した回答が『女物の水着を買う事』だったのである。


「資料としてスカートを買った男性イラストレーターさんの話を聞いたことがあります。女性用水着を持っている人だって、きっといるはずです!」


 私はユウシャさんに仲間がいることを伝える。そして「上手く描きたいなら、本物を見るのが一番ですよ!」と、殺し文句を畳みかけた。


「……でもなぁ」


 ユウシャさんはそう言って、まだ渋っている。

 仲間がいるという情報だけでは落ちそうにない。


「ユウシャさんはライブペイントって見たことあります?」


 私はもう一押しするために、ユウシャさんにそう質問する。

 ライブペイントというのは人前でイラストを描くパフォーマンスの事だ。


「ええ! あれは正に僕の考えるプロそのものです! あんな風に素早く素敵な絵を描けるなんて、憧れます!」


 曇り気味だった顔をパッと輝かせ、ユウシャさんがコクコクと頷いて答える。


「なるほど。因みにユウシャさんは沢山絵を描けば、上手く、早く絵が描けるようになれると思ってらっしゃいます?」


 私がそう訊くと、ユウシャさんはサッといぶかしむような顔つきになり「その言い方は……違うんですね?」と、私に疑う様な視線を向けてきた。


「バレましたか」と私。

「まあ。でも、はい。上手くなる為に沢山描かなきゃって、思ってます」


 うたぐりながらも、ユウシャさんが私の質問に答えてくれた。


「ですよね。でもご想像の通り、ちょっと違うんです。闇雲に描いても、残念ながら大して実力は上がりません。描く速さは上がるかもしれませんが、です。ライブペイントは作家さんが沢山の資料を見て、沢山描いて、からこそ、出来ることなんです」


 私は以前訪問した先輩イラストレーターさんの仕事場を思い出しながら、そう熱弁をふるう。


 先輩はすごい才能に恵まれているから、いつも素敵なイラストが描けるに違いない!


 そう思って訪れた、先輩の仕事場。

 そこにあったのは、スケッチと資料の山、山、山。

 先輩の仕事場には、才能だけでは語れない先輩の努力の跡が詰まっていた。


 私がその様な事を思い出している間、ユウシャさんは私の言葉を聞いて黙り込んでいた。何事か考えているようだ。少しは私の言葉が刺さったらしい。


 彼が決断出来る様にもっと背中を押さねば!

 最後の相談も絶対に成功させるのよ! MOMO!


「絵を描く速さの話をしましたが、実は一枚に掛ける時間はむしろ、プロの方が長いはずです」


 私は先輩の仕事場の情景に思いを馳せながら、ユウシャさんに語り掛ける。


「一枚に掛ける時間って、キャラクタのスケッチを何度も見直して、線画をキレイに描いて、色を丁寧に塗る……そういう事ですか?」


 ユウシャさんが時間のかけ方について、自分なりの考えを口にした。

 私はユウシャさんの答えに「うーん。ちょっと違いますぅ。私の場合をお話すると……」と応じて、自分がイラストを描く際のルーティーンを話す事にする。


「アイデアスケッチを沢山描いて、その中から良いなって思う物を選びます。選ぶアイデアスケッチは何枚あっても良いです。そして今度はそのアイデアスケッチを完成品に持っていくのに必要な資料を集めます。それで……」と私。

「イラストの下絵を描き始めるんですか?」


 私の言葉を先回りするように、ユウシャさんが予想を口にする。


「いえ、ラフを描きます」


 私は首を横に振って、事も無げにユウシャさんの予想を否定する。


「え……。まだラフ?」


 そう言うユウシャさんは、信じられないとでも言いたげな表情をする。


「はい。選んだアイデアの数だけラフを描きます」


 私はユウシャさんの言葉に頷いて、ルーティーンの内容を補足した。


「一枚しか本番に行かないのに?」とユウシャさん。

「はい。良いものが数枚か出来たら、次に描く絵の候補に残しはしますけど」と私。


 ユウシャさんは左手でくしゃくしゃと頭を掻くと、何とも言えない表情をする。そして「そこまでするんですか?」を弱り切った口調で言った。


「私の場合は」


 私は深く頷いて応じる。

 気持ちを切り替える様にコホンと咳払いすると、ユウシャさんが私のルーティーンについて、より深く訊ねてくる。


「因みに、資料って何を集めるんですか?」とユウシャさん。

「目標にするレベルのイラストや絵の中に出てくる建物、服、小物などの参考資料ですね」


 私はユウシャさんの要望に沿った補足を話す。

 私の言葉にユウシャさんは目を見開く。


「目標にするレベルのイラスト……。でもMOMOさんって、プロなんですよね? なんて必要なんですか?」


 ユウシャさんの口調は『信じられない!』とでも言いたげだ。


「流行は日々変化しますから、勉強は怠れません」


 私は目を伏せ、胸の辺りに両手を添えると、しおらしい態度でそう言った。そして私はそのままの体勢で言葉を続ける。


「ユウシャさんにそこまでやれとは言いません。でも、資料としての水着は実際に見てふれる事に寄って、思った以上の気づきを与えてくれるはずです。きっとユウシャさんのイラストの説得力が増し、今よりも満足の出来る作品が作れると思いますよ」


 私はそう語り掛ける。


 その時だ。

 私はあることを思い出して「あ!」と声を上げ、パチリと目を開く。そして、ユウシャさんへのアドバイスを付け加えた。


「もし、水着は水着でもの女の子を描くなら、それこそよく研究した上で挑戦することを、強くお勧めします!」と私。

「す、スクール水着? 何故ですか?」


 ユウシャさんが驚いて訊き返す。


からです! 彼らは心からスクみずを愛しています! 半端な知識で描いた作品では、彼らのハートを掴めませんよ!」


 私は真剣な表情でそう告げる。


「そういうものなんですか?」


 ユウシャさんは私の真剣な様子を呆気にとられて見ながら、そう相槌した。


「はい。彼らの『好き』が作った文化に、敬意を持って接してください!」


 私は真剣な表情を崩さずにそう言って頷く。

 暫し、私とユウシャさんは沈黙する。そしてユウシャさんがおもむろに「……上手くなるためには、しっかり資料を見ることが必要なんですね」と自分に言い聞かせる様に口にする。

 そして、意を決したように私を見据えた。


「水着、買います!」


 ユウシャさんが本物の勇者になった瞬間だった。

 私は深く深く、彼の言葉に頷いた。


 ユウシャさんが私に礼を言って、席を立つ。

 彼が立ち上がると同時に、ステージ端に居たイベント責任者兼司会者の茉莉まりさんが、ユウシャさんを観客席にそつなく誘導する。

 因みに、このイベント司会者の茉莉さんは私の雇い主でもある。


 ユウシャさんがステージから去ると、私と茉莉さんはフィナーレの為にステージ中央に立った。

 ステージに立って愛想よく観客に笑いかける。その最中さなか、茉莉さんがマイクに声を拾われないように注意しながら、私に小声で話しかけてきた。


「今の相談。いい大人の男性に女性用水着を買わせただけよね?」と茉莉さん。

「ギクッ! 本人は納得して帰られたんだから、良いじゃないですか」


 ヤバい。私の評価、あんまり良くないかも……。


 私も小声で自分を擁護しながら、そう感じて慌てふためく。


「……まあ、良いわ。この配信の視聴者数、うちの会社で今までやったライブ配信の中で一番多かったみたいだから」


 茉莉さんはそう言って、フウッと息を吐くと「また、MOMOあなたにお願いするかもよ!」と言って、私に微笑みかけた。

 私は思いがけない情報に、嬉しくて頬が熱くなるのを感じる。

 私と茉莉さんはステージの上で微笑み合う。


 初めての人前でのイベント、そしてライブ配信は大成功のうちに終了出来そうだ!

 しかも、次の仕事も貰えそうな予感!


 私と茉莉さんはイベント会場の観客に頭を下げ、お礼を言いながら手を振る。


 ひとしきり観客への挨拶が済むと、私は元気良く小走りでステージ全体を撮影するカメラの前に立つ。

 そして今日一番の笑顔を作るとユーチューブでお決まりのセリフを口にし、カメラに向かって手を振るのだった。


「最後までご覧頂き、有難うございましたッ! この配信が面白かったと思う人は、グッドボタン、チャンネル登録宜しくお願いしますッ! まったねーッ!」


(了)



☆ お知らせ ☆

KAC参加作品(一作品、四千文字まで)のため、前のエピソードは別作品として公開中です。


↓この作品の

『【KAC20204】お絵描き系ユーチューバーMOMO、万人ウケするイラストを考える』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894453933


↓この作品の

『【KAC20201】お絵描き系ユーチューバーMOMO、ゆるキャラを語る』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894453811

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