【KAC20202】お絵描き系ユーチューバーMOMO、デジタルお絵描き初心者にアドバイス

babibu

お絵描き系ユーチューバーMOMO、デジタルお絵描き初心者にアドバイス

「憧れのユーチューバー、MOMOももさんに会えるなんて! この大創業祭は僕にとってです!」


 そう言って高揚感に瞳を輝かせる男とお絵描き系ユーチューバーMOMOこと私は、男のたっての願いで握手をした。


「そうですかぁ? ありがとうございますぅ」


 そう愛想良く言いながら、私は握手した手を離す。

 男のテンションの高さに、私は少し動揺した。

 ユーチューバーを始めて一年程経つが、私のファンだという人に会うのは、これが初めてなのだ。

 こんなに熱量があるファンが自分にいたのだと、私は素直に驚いた。


 でも、驚いてばかりはいられない! 一人目の相談者の時の失敗を挽回しなくちゃ!


 私は気を引き締め直すと、ライブ配信用のカメラが設置されたステージの机に向かい、席に着いた。


 私は今日、大手家電量販店の四年に一度の大創業祭の目玉企画の一つ『デジタルお絵描きお悩み相談会』のゲストとして、秋葉原店の地下一階にある特設イベント会場のステージに立っている。

 先程、一人目の相談へのアドバイスを終えたのだが、その際協賛企業の不利益になり兼ねない発言をしてしまい、実は早くも窮地に立たされていたりする。


 イベント責任者兼司会者の茉莉まりさんが、先程私と握手をした男を私の向かいの席に座るよううながす。彼が本日二人目の相談者なのだ。

 男を促す茉莉さんと目が合う。そして彼女の冷たい視線が私を射抜いた。


 茉莉さんは先程の私の失敗をまだ忘れていないみたい。


 実は茉莉さんは協賛企業の社員でもある。私のミスはこのイベントの責任者でもある彼女の経歴にまで傷を付け兼ねないのだ。


 茉莉さんが怒るのは当然ね。

 茉莉さんの為にも二人目の相談者へのアドバイスは、必ず成功させるのよ! MOMO!


 私はそう心に誓って、気持ちを切り替える。そして男が席に着くのを待って話を始めた。


「えっと、お名前は『ももき』さんで良いですか?」


 私は、事前に聞き取った相談者の名前や悩み事が書かれた書類に目を通しつつ、目の前の男に質問した。

 私の質問に男は「はい!」と言って、嬉しそうに大きく頷いた。


 ……桃好きって……


「果物の桃がお好きなんですか?」


 私は愛想良く微笑んで桃好きさんに訊ねた。


「ええ、もちろん! それにMOMOさんも大好きだから『桃好き』なんです!」


 桃好きさんはハキハキと答えてくれる。


 うん。そういうことだよね。やっぱり。


「わあ! ありがとうございますぅ。すごく嬉しい!」


 私は彼に本日二度目の礼を言うと「ではでは、早速ですが」と言って、書類に書かれた相談内容を読み上げる。


「ご相談内容は『趣味でアナログイラストを描いていますが、今度デジタルイラストにも挑戦したいと考えています。どんなものを準備すれば良いですか?』という事ですね」


 私は相談内容を読み上げ終わると、ニコリと微笑みながら桃好きさんに視線を向ける。桃好きさんはコクンと頷いて同意の意を示す。


「アナログ歴は長いんですか?」と私。


 アナログというのはお絵描き界隈では紙に直接絵を描く事を指す。逆にデジタルとはパソコンやスマホ、タブレットのペイントソフトを用いて絵を描く事だ。


「水彩画を十年近くたしなんでいます」


 そう言いながら、桃好きさんは手にしていたスマートフォンのアルバムアプリを起動し、作品を撮影した写真を見せてくれる。

 スマートフォンの画面には写実的な美しい女性の水彩画が表示されている。かなりのクオリティだ。


 桃好きさんの承諾を得て、イベントの撮影スタッフがスマートフォンの画面をステージ横の特大ディスプレイに映し出す。

 会場から「おお」とどよめきが起こった。

 当然だろう。

 プロの私から見ても相当な腕前だ。もしかしたら私より上手いかもしれない。


「とてもお上手ですね! やっぱりデジタルイラストでも、この女性の絵くらいのクオリティに仕上げたいのですよね?」


 私は特大ディスプレイに表示された水彩画の写真を見ながら言う。

 桃好きさんは会場のどよめきが予想外だったらしく「……は、はい」と、驚きを隠せない様子で私の質問に応じた。


「そうですね。このクオリティをデジタルで実現するとなると……パソコンとペンタブレット、……もしくはiPadかしら」


 私は特大ディスプレイを見つめたまま、思ったことを口にする。


 因みに、ペンタブレットとは専用のタブレットの上で専用のペンを動かすことで、ディスプレイ上のマウスカーソルを動かすことができる入力装置のことだ。


「iPadですか?」


 桃好きさんが意外そうに言った。

 私はディスプレイから目を離し、桃好きさんに視線を向ける。

 私の視線に桃好きさんは少しビクリとして「すみません。ペンタブレットを勧められるとばかり思っていたもので」と発言の理由を口にする。


「最近はパソコンは持っていなくて、iPadだけで絵を描く絵師の方もいらっしゃるんですよ」


 私はそう応じると「もしかしてiPadをお持ちですか? あとパソコンを持たれているかも知りたいです」と桃好きさんの現状の把握にかかった。


「iPadは持っていません。後、僕はパソコンでゲームをするので、デスクトップパソコンはあります」と桃好きさん。


 私はその言葉に雷に打たれたような感覚を覚える。


 ゲームが出来るパソコン……それはゲーミングPCに違いないッ!

 神さま、素敵なチャンスに感謝します!


 私はそう思わずにはいられなかった。それくらい桃好きさんがゲーミングPCを持っているということは、今の私には重要な事だった。


 早くも一人目の失敗を取り返すチャンスが巡って来たんじゃないの!?


「まあ! それってゲーミングPCをお持ちって事ですね! ゲーミングPCなら液タブを使うのに十分なスペックがあるはずですよ!」


 私は嬉しくなって先程私と握手した時の桃好きさんの様に、高揚した調子で話し出す。


 私が喜んでいる理由。それはこの話の流れに協賛企業に有益な宣伝情報を入れ込めると感じたからだ。一人目の相談の際に、協賛企業の不利益になり兼ねない発言をした私の印象を払拭出来る! そう思った。


 まさに名誉挽回のチャンス!


 私は高揚した気持ちを維持したまま、具体的なお絵描き道具の構成に話を向ける。


「ゲーミングPCをお絵描きに使えるなら、パソコンに液タブを接続してお絵描きする方法をお勧めします。初期投資を抑えられますよ! もし外に持ち出して絵を描きたいなら、液晶タブより数万円高額になりますがiPadが良いでしょうね」


 私は一気に説明しきる。


「外で絵は描かないですし、初期投資は出来るだけ安く抑えたいです……」


 桃好きさんはそう自分の希望を口にする。


 私の願い通りの回答だ!


 私は一層嬉しくなる。


「それにしても……液タブですか? 僕は初心者だから板タブを勧められるかと……。予想外です」


 桃好きさんは驚いた様子で、そう言葉を続けた。

 少し今の勢いを削ぐ質問だ。だが、液タブだろうと板タブだろうとペンタブレットには違いない。

 協賛企業は有名ペンタブレットメーカーなのだ。iPadから話がそれただけでも御の字だ。


 それにしても、桃好きさんから板タブという言葉が出るとは……。

 彼も自分なりに予習をして来ていたのかもしれない。


 液タブ、板タブが分からない方の為に説明しておくと、それらはどちらもペンタブレットの事だ。

 液タブは液晶ペンタブレットの事で、ペンタブレットに搭載された液晶画面に直接絵を描ける。

 板タブは液晶画面の搭載されていないペンタブレットの通称で、ペンの動きはディスプレイで確認する事になる。


「ええ。確かに板タブは液晶画面が無いぶん安価で手に入れやすいですよね。でも思うように描けるようになるには時間がかかるんですよ」


 私は少し申し訳無さそうな表情を作ると、正直に答える。

 板タブには不利益だが、高価な液タブには有利な情報だし、メーカも許してくれるはずだ。


「それは、扱い難いってことですか?」と桃好きさん。

「はい。紙に描くことに慣れている人には、特にそうだと思います。結局は液タブを買う事になるかも……」


 十年も紙に絵を描いてきた人にディスプレイを見ながらのペンタブレットの操作はなかなか酷に違いない。

 それにお絵描きの力量のある桃好きさんには、液タブの方が合っているはず!


 そんな事を考えながら、私は話を続ける。


「ですから、ディスプレイを画用紙代わりに使う感覚で導入できる、液タブかiPadが良いと思ったんです。板タブは使いこなせないリスクをご承知いただけるなら……と言ったところですね」


 桃好きさんが私の言葉に深く頷く。私の提案に納得してもらえたらしい。


「もし私と話しただけでは迷いがあるようでしたら、是非このお店でペンタブレットやiPadを試してみてください。安い買い物では無いですから、実際に触って確かめて購入されたら良いと思うので」


 私はそう桃好きさんに話しかけると、観客席の方へ右手を差し出し「因みにステージの目の前がペンタブレットの販売スペースですよ」とペンタブレットの販売コーナーに桃好きさんや観客の視線を誘導した。


 私の言葉で観客の視線がペンタブレットの販売コーナーに集まる。

 タイミング良くそのコーナーにいた店員さんが、気を利かせて『ここだよ』と手を振ってくれる。


「デジタルでお絵描きを始めたいと思っている方がいらしたら、是非店内で試してみてくださいね! このお店、今お話しした製品が全部揃っていますから!」


 私は微笑んで観客を見回しながら、家電量販店の宣伝もする。

 その言葉に観客、それに桃好きさんもドッと湧いた。


 その時だ。

 観客を見回しながら微笑む私の目の端に、イベント責任者の茉莉さんの姿が映った。


 相談開始前は不機嫌そうだった茉莉さんが心から微笑んでいるように見える!


 私は茉莉さんに今日一番の笑顔を向ける。

 すると茉莉さんが、私にだけ見えるように小さくガッツポーズしてみせた。


 その茉莉さんの姿に、私は一人目の失敗を挽回出来た様に感じ、ホッと胸を撫で下ろした。


(了)



☆ お知らせ ☆

KAC参加作品(一作品、四千文字まで)のため、次のエピソードは別作品として公開中です。


↓この作品の

『【KAC20203】お絵描き系ユーチューバーMOMO、配色のポイントをアドバイス』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894453882


↓この作品の

『【KAC20201】お絵描き系ユーチューバーMOMO、ゆるキャラを語る』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894453811

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