3話 勇者と竜の娘

 【魔王】が封印されてから一か月後。

 【勇者】シグルム・ウェドナーは旅の仲間と別れた後、故郷の村へ帰ってきていた。

 父と母と妹が待っている家で生活し、食事に使った食器を洗い終えると、椅子に座ってお茶を啜る。


「やはりここだったか。シグ」


 羽ばたく音が聞こえると、次に家の扉が開く。

 入って来たのは『鳥族』の男だった。鋭い眼に嘴。両腕が翼になっている荒鷲である。人化の魔法を使い、腕だけを人のモノに変化させていた。


「ハイラインさん。無事だったんですか」

「なんとかな。それと、ザイオン殿から聞いたぞ」

「【魔王】の事を?」

「……ああ。それが真実かどうか、残ってる『鳥族』を総動員して調べたよ」

「そうですか」


 シグの村は彼と僅かな家畜意外に動く存在はなかった。静寂に包まれる村で唯一煙突から煙を出す家が彼の産まれて育った場所である。

 旅に出た時に村の皆と家族に約束したのだ。必ず生きて戻ってくると。

 そして、旅は終わり村に帰ってきたのだが――


「何か飲みますか?」

「いや、いい」


 ハイラインは部屋の隅に立てかけられている『聖剣』が目についた。世界に二つとない至上の剣は、まるで役目を失ったようなぞんざいな扱いをされている。


「【魔王】との戦いから一ヶ月か。奴は……本当に世界を救ったと思うか?」


 【魔王】が狂ったように成し遂げると宣言した世界を救う方法はこの世界の命を減らす・・・・・・・・・・という事だった。

 『太古の結晶』を使い【魔王】はこの世界から絶対数のギリギリまで各種族の命を消し去ったのである。

 シグの村は様々な種族の者たちが寄り添いあって生きていたが全ての村人が消え去っていた。


「……僕にはわかりません」

「シグ。皆が大切な者たちを失い、前に進む意思を持てずにいる。今、世界には皆を導く【勇者】が必要だ」

「ハイラインさん。僕は人はそれほど弱いものじゃないと思っています。【勇者】は必要ない」

「世界をこれ程の混乱に陥れた【魔王】を封印したという【勇者】の姿は生き残った人々の希望になる。俺と一緒に来てくれないか?」

「……僕の責任でもあります。【魔王】を止められなかった。そんな【勇者】の言葉に誰が納得するんです?」


 “これで世界は救われたよ。シグルム君”


 【魔王】が人々を消し去り、封印される直前に口にした言葉である。それが正しいかどうかなんてシグには分からない。ただ、誰もいない村に帰った時に彼は初めて気が付いた。

 僕は【魔王】に負けた……大切な村を家族を帰るべき故郷を奪われたのだと――


「『聖剣』はまだお前の手から離れていない。なら、お前自身は世界を何とかしたいと思っているんじゃないのか?」


 部屋の隅に立てかけられた『聖剣』はまだ、シグを主としてその手に持つ事を待っているかのようだった。


「ハイラインさん。僕は……残った皆を救えますか?」

「お前が救うんじゃない。俺達が勝手に救われるんだ」


 ハイラインの言葉にシグは微笑を浮かべると『聖剣』を背負い、彼と共に村を離れた。

 その後、【勇者】として生き残った種族を集め、励まし、多くの者たちと共に種族を超えた絆を築く。

 【勇者】は残った種族の技術を統合した『帝国』を作り世界を導く流れを模索していった。

 しかし、彼は元から持っていた病が悪化したことで50歳という年齢で多くの同胞に見送られて亡くなる事となる。

 『聖剣』は【勇者】の手によって平和を願う意思を込めて『帝国』の王宮宮殿の中庭に突き立てられた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「お待たせしました」


 セラは宿屋に荷物を預けて外で待っていたロスと合流する。


「それにしても、王都に宿屋は三つもあるのですか」

「元々、レヴナントはあまり余裕のある国ではなかったからね。王都の入り口、三か所のすぐ近くにそれぞれ宿屋が構えられているんだ」


 三か所はそれぞれ、近い建物が変わってくるため当人の用事によって利用する場所が分かれてくる。


「ここは冒険者のギルドに近い宿屋ですね」

「セラ君は冒険者だろう? なら、こちらの用事も多いと思ってね」


 ロスはセラの首に下がるギルドの証であるタグを見ていたが、立ち振る舞いや風格から、それなりの場数を踏んできた戦士であると感じ取れたのである。


「お気遣いどうも。ですが、浴場の近い方の宿屋が良かったですね」

「あの宿屋は人気だからね。予約しておかないと部屋は取れないが、何とかしようか?」

「やめておきます。そこまでお世話になるのは不本意ではありませんので」

「浴場だけの利用もできる様になっているから、ぜひとも利用してほしい」

「わかりました。後で見に行ってみます」

「それでは、まずは『聖剣広場』に行こうか。この国でぜひとも見てほしい場所だ」






 『聖剣広場』。

 それは、18年前に突如としてレヴナントの中央広場に『聖剣』が突き立てられていた事でそう呼ばれることになった場所である。

 元は様々な催し物を開催する為に使われていた広場だったが、今ではその役割を『聖剣』が取って代わっている。

 かつては『帝国』の王宮宮殿の中庭に存在していた『聖剣』がこの場所に現れた事でレヴナントに【勇者】が居るという噂が大きくなった。

 その効果は戦争にも大きく影響し、『帝国』内で【勇者】を指示する派閥が同盟国側に傾くキッカケとなったのだ。

 戦争が激化する前に終戦となった背景にはこの『聖剣』の有無が大きく作用していることは明確であった。しかし、同盟国は『聖剣』を移動させた【勇者】の存在を今も見つける事が出来ずにいる。


「あれは本物ですか?」


 何人ものヒトが『聖剣』を引き抜こうと挑戦していた。

 世界各地から有名な戦士たちは元より、世界各地の貴族や王族、新米の冒険者ならば誰もが一度は王都に足を運び、【勇者】となる事に一縷の望みを持って『聖剣』の柄に手をかけるのだった。


「元は『帝国』にあったものが消えて、同時期にこの場所に突き立てられていた。【勇者】が動かしたことは事実であると思っている」


 今となっては、騎士や冒険者たちにとっては『聖剣』に挑戦するのが当然の習わしとなっている。


「ん? シグ? シグじゃないか」


 ロスは知り合いの姿を見つけてを上げて一人の青年と目を合わせた。セラも少し角度をずらしてロスの視線の先に居る青年を視認する。

 色素の落ちた藍色の髪に穏やかな表情と落ち着いた雰囲気は見た目の若さには少しだけ不釣り合いに見えた。背には剣と後ろ腰に短剣を持ち、冒険者としての風格を備えている。


「……え? なんでここに? へい――」

「私はロスと名乗っている。そして、今彼女を案内しているのだよ。察してくれたまえ」


 シグと呼ばれた青年はセラへの視線を向けた。そして、すぐに状況を察したらしく、


「スタイン様が捜してましたよ? 半日も席を空けるなんて後でなんと言われるか……」

「まぁ、その辺りは何とかするよ。こう言うのも初めてじゃないからね」


 いい笑顔で親指を立てるロスにシグも自然と笑みが浮かぶ。こういう場合は後々、数週間の政で軟禁されるパターンなので今だけ楽しもうという算段らしい。


「それと、彼女はロス様のお客さんですか? 有名な人?」

「彼女はセラ。偶然、出会って私が王都を案内をしている」


 手をかざして彼女の事を紹介すると、セラは軽く会釈する。


「どうも。セラと言います。ちなみにただの冒険者です」

「僕はシグルム・インダーと言います。皆シグと呼んでいるので、気が向いたら君もどうぞ」


 セラは握手を求めてきたシグの手を握り、一通りの挨拶を終えた。


「それで、シグ。君は冒険者を選んだのかい?」


 ロスは前からシグが使用人を辞めて別の道に進むことを小耳にはさんでいた。シグとローラを宮殿に雇った時から二人の事は子供のように気にかけていたこともあり、少しだけ寂しかったりもする。


「はい。悩みましたけど、自分一人で出来る事をやってみようかと」

「そうか。寂しくなるよ。スタインも君とローラの事は姉弟のように見ていたからね」

「僕も寂しくなったら戻ってくるつもりです」

「そうしなさい。おっと、すまないねセラ」


 身内話が長くなってしまったことに謝りながら彼女へ向き直すが、セラは『聖剣』を見つめていた。






 ただ置き去りにされたようにポツンと地に突き刺さる『聖剣』。全体的に汚れ、地面に近い刀身の周りには草や花が生えている。

 アレは本物? いかにも胡散臭い。あの程度の剣が地面に突き立てられただけで誰にも抜けなくなるようなモノだろうか? 普通に抜けそう――


「挑戦してみるかい?」


 するとロスが横から声をかけてくる。


「なんだか抜けそうですね」

「おお、頼もしいね。ぜひともお願いするよ」


 セラはロスに背中を押され、『聖剣』の元へ歩いていく。その際に足から地面に魔力を流し込み性質を探るが特別な様子はなかった。

 “竜眼”で『聖剣』の周りにある魔力も視る。特殊な魔力などを発している様はなく、見れば見るほどそこらの武器屋に売っている剣と変わりない。


「さて」


 セラは『聖剣』の前に立ち、その柄を握る。すると周囲で見ている者たちがその姿に注目していた。


「……む」


 『聖剣』は全く動かない。少し本気で力を入れて持ち上げてみるが、まるで地面と一体になっているかのように動かなかった。


「……ふー」


 セラは一度呼吸を整えて『竜の強化ドラゴンバースト』を発動する。

 身体能力を最大で20倍近くに引き上げる、身体強化では最高に位置する魔法である。竜族以外には耐えられず、セラ自身も最大出力は完全には制御できない。

 しかし、その場で筋力だけに全能力を集中するならば最大でも問題なく制御できる。


「……ふっ!」


 肩を回し、両手で『聖剣』の柄を握ると、渾身の力で引き抜きにかかる。一瞬、軽い衝撃が周囲に走り、ビリビリと空気が震えた。見ている者の誰もが今までに見た事のない力によって『聖剣』が引き抜かれるかと期待する。


「…………」


 しかし、『聖剣』は全く引き抜けなかった。それどころか、凍り付いているかのように僅かにも動いていない。


「……本物ですね」


 セラは軽く息を整えながら『竜の強化ドラゴンバースト』を解くと、ロスとシグの元へ戻ってくる。そして、あり得ないといった目で『聖剣』を見た。


「それでは、次はシグ。君が行きなさい」

「ロス様。僕は抜けなかったのは知ってるでしょう?」


 過去に挑戦し、シグは『聖剣』が抜けなかったことを思い出す。


「抜ける抜けないではないよ。願掛けのようなものだ。剣を持ち、生活をするものは皆が無事を祈る為に『聖剣』を触って行く。騎士たちも皆そうだ。私は君の無事を祈っておきたい」

「……わかりました」


 シグは『聖剣』へ歩み寄る。するとその姿にその場にいる者たちが眼を惹かれた。まるでこれから『聖剣』を引き抜く様を誰もが連想する雰囲気を感じ取ったのだ。

 シグが『聖剣』の柄を握った瞬間、皆が息をのんでその結末を見守った。


「――――やっぱりダメみたいですね」


 そう言って『聖剣』から手を放すシグはロスとセラに困ったように微笑みながら戻ってくる。


「一瞬、抜けるかと思ったよ」

「そうですか?」

「…………」


 セラは納得が行かない様子で再度『聖剣』に近寄って柄を握る。やはり、全く動かない。地面が特別な様子もない。


「……これは」


 しかし、地面を注意深く見るとある事に気が付いた。


「あ! そこの男ぉ!」


 そのような叫び声が聞こえて視線をそちらに向けると、若い女がロスを指差している。


「シグ! ソレを捕まえなさい!」

「……シグ、セラの案内は君に任せるよ。私は逃げる」


 ロスはシグの肩に手を置いてそう告げると、逃げる様に人込みへ紛れて行った。


「スタイン様。いつも大変ですね」

「ちょっと! シグ! あんたも少しは協力しなさいよ!」

「僕に陛下を止められると思いますか?」

「ああ、もう! 待ちなさい! 放浪親父!」


 スタインは早足にシグと会話をすると、逃げていくロスを追いかけて行く。その様子に国民は、また逃げ出してる、とどこか微笑ましく二人の追いかけっこを見ていた。


「ロスは消えましたか」


 一部始終を見ていたセラはシグの元へ戻ってくると、逃げる様に走っていたロスの方向を見る。


「お恥ずかしながら。僕が彼のあとを引き継ぎますよ。セラさんは王都は初めてで?」

「……はい。初めて来ました」

「目的は? やっぱり『聖剣』ですか?」


 シグは変わらずに沈黙している『聖剣』に眼を向けた。


「いえ。私は【勇者】を捜しに来たのです」

「……そうですか。確かに『聖剣』があるならここに【勇者】もいるかもしれませんね」

「貴方が【勇者】でしょう? シグルム・ウェドナー」


 セラは確信をもってそう告げた。その言葉にシグは僅かに動揺するが、冷静にセラを見据える。


「――何故、僕が【勇者】だと?」

「『聖剣』の刺さっている地面の隙間が僅かに開いていました。実際には抜くことが出来たのでしょう?」


 『聖剣』は【勇者】にしか抜けない。無論、動かすことが出来るのも【勇者】だけだ。


「私は竜族です。貴方の事は師のザイオンから聞いています」


 ザイオン。その名前を身内と称して口にする者はそう多くない。


「……イオンからの使いかぁ。今日は昔の事で色々と話が来る日だね」

「私と共に『霊峰』に来てくれませんか? 師は貴方と直接対話をすることを望んでいます」

「少し、人の少ないところに行きませんか? お互いにあまり人に聞かれたくない話でしょうし」


 『聖剣広場』は人が多い。少し離れた場所に移動することをシグは提案する。


「いいですが、ロスのように逃げないでくださいよ?」

「ハハ。了解」

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