8話 決闘祭
月が夜空を照らすも、魔法光源によってきらびやかに照らされる夜のメガフロートは連日のように催しを行っていた。
そして、中央広場から響く太鼓の音はイベントの始まりを都市全体に報せる合図であるのだ。
「今宵もやって来ましたァ! メガフロート名物、決闘祭です!」
司会を勤める獣人の男が拡音石を内蔵した筒で周囲に声を響かせる。
「素性の知らぬ戦士達の一期一会! 今宵はどのような死闘が繰り広げられるのか皆さん期待している事でしょう! お子さん連れの方も多い様ですが、教育への影響は自己責任でお願いします!」
中央広場に用意された直径五十メートル程の円形の台座。外側に書かれた魔方陣によって外部とは隔離できる様になっており、観客への被害を出さないようにしている。
ただし、内部の決闘者達への考慮は一切ない。
入口の目印として赤と青の旗が二ヶ所に立てられていた。
「聞きなれた方もいらっしゃると思いますが、初めての方も居るでしょう! 決闘祭のルールを説明します!」
すると、司会の上空に光で文字が浮かび上がった。
対戦は一対一。
敗北条件
特設のリングから外へ出た場合。
一分以上地面に触れていない場合。
自らの降参を宣言した場合。
対戦者の戦闘継続が困難とされる場合。
「以上が敗北条件になります! 決着コールが間に合わず死亡する例も多々ありますので、身の丈に合わないと察したら早めの棄権を願います!」
互いに実力の解らない者同士が組み合わせとなる決闘祭では命に関する様々な箇所が曖昧である。
それ故に決闘者も観客も純粋な戦いを求めて今宵に足を運ぶ。
「それでは! 最初の命知らずはコイツだァ! 赤の旗よりぃ! 少女! セラァ!」
赤の旗側から現れたのは小柄な16歳ほどの少女である。首にかかる程度に伸びた紫色の髪を一つ結びにしていた。
見た目から街中にいる少年少女と変わらない童顔であるものの、その眼は達観している様に年齢にはそぐわないモノを携えている。
「彼女は初挑戦! 命知らずにも程があるぞぉ! しかし、この佇まいは只者ではないと、数多の決闘者を見て来た皆さまなら理解できるでしょう!」
主催側としては初戦はインパクトのある戦いが望ましい。セラの容姿はその条件に当てはまっていた。
つまるところ、単なる捨て試合である。本命は次戦からなのだ。
「続いて、青の旗より! 【紫電】
ぬぅ、と青の旗側から現れたのは筋骨隆々の巨躯。額に生える一本の角と巨大なハンマーを肩に担ぐ『鬼族』であった。
「現在、破天選手は十二連勝中! 今宵も連勝記録を伸ばせるのかぁ! それでは、皆様に二人の倍率を表示します!」
すると、光の文字が変化しセラと破天の掛け金倍率が表示される。
セラ 2.0倍
破天 1.1倍
「掛け金の上限は10万リルです! 観客の皆さまは選手の旗の色の紙に掛け金を書き、近くにいる運営スタッフに提出して下さい! 試合の開始は五分後とします!」
「やっぱり最高倍率かぁ」
シグは観客席から決闘フィールドの上空に表示された倍率を見ていた。
ここまでは狙い通りである。しかし、誤算があるとすれば初戦の相手が破天である事だ。
「よりにもよって【紫電】か」
『鬼族』でも“称号”を持つ存在は二十と居ない。そして、武器を持つという事も実力に拍車をかけている。
武器を持つ『鬼族』は戦争に雇われる事が多く、単騎で戦局を変えるほどの力を持つ。その上で“称号”を持つ存在が武器を持つという事は一騎当千の存在と言っても大げさではない。
勝てる者など存在しない。誰もがそう連想するほどに、破天の存在感は疑い様のない一級品の戦士のモノだった。
「時間が経つのは早いなぁ」
この情報は転生で『鬼族』に産まれた時に経験したモノである。彼らは他の文化に感化される事は無いので、今も“称号”を持つ価値は変わっていないハズだ。
「ごめんなさい、隣良いかしら?」
すると、空いている席を探していた『猫』のジェシカは隣席の許可を求めていた。
シグは、どうぞ、と快く告げて彼女は席に座る。
「あっちゃー、初戦から破天か。あの子も運が無いわね」
ジェシカは決闘フィールドの中央で向かい合うセラと破天を見ながら呟く。
「彼女と知り合いですか?」
「ええ。決闘祭に出るって言うから応援しようかと思ったんだけど……あ、私はジェシカよ。よろしくね」
と、紋章が入ったタグを見せて告げる。世界的な通信組織である事で『ハイライン』の紋章は身元の証明としても使われている。
「シグルム・インダーです。シグと呼ばれているので、出来ればどうぞ」
「よろしく。冒険者ね? 初心者かしら? 金欠?」
「まぁ、そんなところです」
ジェシカはシグが腰に下げている真新しいタグを見て、ある程度の身の上を的確に当ててくる。
「あ、気を悪くしたならごめんなさい」
「いえいえ。お勤めご苦労様です」
勘の鋭い者ならその程度は簡単に察せるだろう。
「お決まりになりましたか?」
すると、運営スタッフが声をかけて来た。通路に近い事もあり、直接回収に来てくれたのだ。
「これをお願いします」
「はい」
シグとジェシカはそれぞれ青と赤の紙を渡す。運営スタッフは周囲の掛け金用紙を回収と終えると去って行った。
「シグは大穴狙い?」
シグの渡したのが赤の用紙だった事をジェシカは見えていた。
「色々と物入りでして。それに短い人生ですし、出来るだけトばして行こうかなと。ジェシカさんは青ですか?」
「ええ。あの子の治療代にでもなればね」
『竜族』はハイライン内部でも特に動向を気にかける必要のある種族ではあるが、ジェシカとしては個人的にセラの事を心配しての事である。
「破天……さんはやっぱり強いですか?」
「ええ。正直言って、彼に勝てると思える存在は三人くらいしか心当たりがないわ」
「その中に彼女は?」
シグはセラの事を指摘する。
「怪我をする前に棄権して欲しいわね」
ハイラインとして数多の種族や戦士を見て来たジェシカにとって破天は選りすぐりの戦士であるとの事。
その考えは間違いではない。特に【紫電】は並大抵では名乗れない。
「そうですか」
ジェシカの会見に対してもシグは自分の考えは間違っていないと思っていた。
試合開始時刻を待っている僅かな時間は選手同士の探り合いの時間でもあった。
「なんだかなぁ。お嬢ちゃん、棄権しないか?」
「しません」
決闘フィールドで向かい合うセラと破天。端から見れば大人と子供の体格差がある。
「ふむ。少なくとも戦士である事は解るが、嬢ちゃんは色々と足りなさすぎる。相手にはならんよ?」
「それはやってみないとわからないのでは?」
「一理ある。が、手心は加えられん性分でな。棄権は早い段階で頼む」
「意外と消極的なのですね。【紫電】の名は師も一目瞭然置いていましたが」
「そいつは光栄だ。師の名は?」
「ザイオンです」
ザイオン。その名を聞いて破天は少しだけ硬直する。
【空襲竜】ザイオンとは、この世界に置ける強さの到達点の一つだ。
破天はかつて偶然にも『霊峰』より降りてきていたザイオンと手合わせをした事があった。
結果は惨敗。僅数分で傷一つ、その場から全く動かすことも出来ず、無力化され相手にすらならなかった。
「オレとしては路傍の小石以下だと思われていると感じたがね」
「師はどうでも良い事は秒で忘れますが、生涯において再び交わる可能性のある事柄は決して忘れないと言っています。つまり、そう言うことです」
『皆様長らくお待たせしました! 試合の結末はご自身の眼でお確かめください!』
司会の声を合図にセラは破天に対して半身にすると、重心を後ろに移し腰を下げる。
「セラと言ったな。嬢ちゃん」
「はい」
「今日会えたことを感謝するぞ」
破天は更に己の力を高める原動力として、セラの言葉を呑み込んだ。
『試合開始ィ!』
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