9話 決闘祭 1戦目 VS紫電

「困ったときはハイラインを使え。最近は様々な仕事の仲介も行っておるでな」

「はい」


 『霊峰』から出立する前日、セラはザイオンより外に関する情報と利用できる組織などを教えてもらっていた。


「こんな形にはなるが初めての一人旅だ。あまり難しく考えるなよ。旅行だと思えばええ」

「……失礼ながら、そんな猶予ゆうちょうで良いのでしょうか?」

「ええぞ。こっちも『ハイライン』を通して【魔王】勢力の動きは補足できる様に頼んである。特にソルガの奴は目立つからのう」


 里の襲撃から既に一ヶ月。皆の傷も癒え、本格的に建物の修繕に入っていた。


「セラ。お前は未覚醒か?」


 ザイオンは竜族特有の能力をセラが発現しているかどうかを改めて確認する。


「……未だに『竜眼』が精一杯です」


 セラは才能が無いためか、未だに予兆さえも掴めない状態だった。

 『竜の強化』でさえ、最大出力の制御は不完全なのだ。未完成な力ばかりで悠長な様で良いのかと、改めて不安になる。


「別に不思議な事ではない。覚醒するのは己が窮地に陥った時か、自らの理屈の壁を超えた時だけだ」

「窮地……ですか」


 ソルガとの戦いにおいても覚醒しなかった事に心底才能が無いのだと落胆する。

 そんな彼女を見てザイオンは腕を組み、若い頃の自分を思い出した。


「お前は自分を過小評価し過ぎだ。覚醒とは己との向き合いであり、信じる事で内より目を覚ます」


 里の者はセラを除く皆が覚醒している。そして、日々研鑽し日常生活や魔物の討伐などに利用している。


「覚醒を持ってしてもソルガは容易くないだろう。だが、覚醒を失くしてはヤツの目の前にすら立つことは出来ん」


 ザイオンも伸び悩んでいた時期はあった。その時は己を取り巻く環境を変え、友と呼べる他種族との関りを得て覚醒したのである。


「セラ、今回の旅で引き出せ。お前の内に眠る力は、お前が思っている以上に素晴らしいものだ」






 決闘祭。戦鎚が迫る。

 開始と同時に振り下ろされた巨大な鎚は『鬼族』が用いる特殊な製法で造られる破壊を重視した得物である。

 横凪の戦鎚は岩を破砕し、大型の動物を肉塊に変える。

 しかし、それは余りにも――


「む……」


 横凪を振るった破天はセラ見て、次は大きく振り下ろした。

 地面が砕け、受け止めきれなかった衝撃は砕いた破片を爆発のごとく四散させる。

 同時に破天は脇腹と右胸に打たれた衝撃を感じる。


「ぐ……」


 それは決して無視できる威力ものではなく、思わず片膝をついた。


『な!? なんと! 破天選手が膝を着いている!? 一連の様子から押している様に見えましたが、一体どういう事だぁ!?』


 涼しそうな顔でセラはステップを踏むように一定の距離を取る。彼女からは近づいていかない。


「……小柄ながらも、その身体は竜だと言うことか!」

「別に特別な事ではありません。的が小さければ武器は当てづらいでしょう? それに、貴方の武器は遅すぎます」


 戦いにおいて大柄な身体は確かな優位性アドバンテージだろう。しかし、セラからすれば特別な事ではない。

 今まで自分より大きい敵としか相対したことのないセラとっては体格差などあってないようなもの。

 小柄な身体と竜眼によって、最小限の動きで敵の攻撃を避け、次の動作に入る前に急所を突く。

 それがセラの戦闘スタイルであった。


「……間合いは詰めずとも、か」


 近接戦闘において、敵が距離を詰めて来るのならほんの少し前に出ればいい。

 破天の戦鎚は二度空振りしたが、その二度はセラからすれば無防備な瞬間だった。

 その瞬間に数撃。脇腹と左胸に重ねるように打たれたのである。


「生物は攻撃をしているときが最も無防備ですから」


 そして、片膝を着いている破天に対してセラは近づかない。

 一切の油断なく勝利を狙えばこそ、間合いを維持しているのだろう。


「くっくっ……ははは!」


 破天は高らかに笑うと戦鎚を杖変わりに立ち上がる。

 続けて打てればこそ終わりまで持っていけたが、『鬼族』の耐久値も伊達ではない。


「感謝するぞ嬢ちゃん。オレはまた繰り返す所だった」


 かつてザイオンを最初に見たとき、こんな老人が最強? と己の無知からこの上ない敗北を味わった。

 今回もそうだ。これが殺し合いなら手遅れな所だ。


「…………」


 セラは『竜眼』を維持しつつ『竜の強化ドラゴンバースト』の発動に呼吸を整える。

 破天は戦鎚を手放す。得物は重量から地面にヒビを入れて横たわる。

 得物を使うのは広範囲を凪払うため、そして次の一撃は――


「死んでくれるなよ。嬢ちゃん……いや、セラ!」


 ゆっくりと、充電するかのように破天の身体が帯電を始める。それは彼の独特な魔力と混ざり、紫色の雷として表面を這っていた。


「……ふー」


 破天の纏う圧はセラの中に緊迫感を生み出すには十分だった。

 この感覚は旅では二度目だ。しかし、一度目は超えて来たのだ。二度目も超えて見せ――


「――――」


 セラは油断なく、瞬きもせず、決して破天から目を離さなかった。

 武器を手放した。投擲はなく、素手の間合い。


 破天がセラを間合いに捉えるには数秒の間を要する。

 しかし、それはセラにしか解らなかった。

 まるで、二人の間が切り取られたかのように紫雷を纏う鬼が眼前に現れ、必殺の拳を――


「あ――」


 セラは反応が遅れた。






 紫色の閃光がヒトの動体視力では捉えられない程に高速で動いた。

 観客が破天の巨体が消えたと認識した瞬間には落雷のような轟音がセラに直撃していたのだ。


「参ったなぁ。破天、君は僕を越えた」


 シグは呟くように破天を称賛した。

 全てを破壊する様な一撃にも関わらず、決闘ステージの損傷箇所は破天が踏み込みの際に破壊した二ヵ所のみ。

 速度はもとより、威力も物理的な衝撃よりも電熱による内部破壊を重視している。


 『紫電』は本来、高速で移動する為の技。自身の伝達信号を自発的に高め、『鬼の強化オーガバースト』を瞬間的に発動させる事で高速移動を実現させる。

 当時の『鬼族』だったシグが考案したものの使える者は殆ど居らず、速度を重要視しない『鬼族』にとっては不要な技術と言われた。

 ソレを破天は攻撃性を持たせていたのだ。


「冗談じゃないわね……」


 ジェシカは破天の評価を改める。破天は今まで全く本気ではなかったと、試合を見ていた観客達はそう思っただろう。

 この一撃で試合は決着となった。






 破天の『紫電』から繋がった一撃は初見では必殺と言っても間違いではない。

 相手の虚を突く速度で接近し、打ち込まれる電熱は内部を焼く。


「かっ――」


 思わず肺からの空気が口から吐き出された。

 破天の拳を引くように手繰り寄せたセラの蹴打が彼の頬に叩き込まれていたからである。


「――――」


 脳が揺れる。破天は失いそうになる意識を何とか繋ぎ止め、倒れそうになる身体を踏ん張らせた。

 フラつく破天に対し、セラはその場で半回転し再度、回し蹴りを見舞う。

 頭部に左右からの計二度の蹴打。

 脳を完全に揺らされた破天は意識を失うと、その巨体を重々しく横たわらせた。


「はぁ……はぁ……」


 破天が倒れてもセラは油断せずに構えを維持したままだった。

 そして――


『勝者! セラァ!!』


 司会者の勝利宣言が響き、数瞬遅れて観客たちは割れんばかりの歓声を上げた。






『なんと……なんと言うことでしょう!! 我々は途轍もない勘違いをしていたのかもしれません!』


 司会者が驚くのも無理はない。

 圧倒的な体格差に隠していた破天の絶技。この両方を正面から受けて尚、セラは勝利したのだ。

 意識を失い、数人がかりて運ばれていく破天に対しセラの外傷は拳を避けた際に破れた服の損傷のみ。

 観客全員が彼女に対する認識を改めざる得ない。


『セラ選手、かなり余裕があるように見えますが破天選手はどうでしたか?』

「余裕はありませんでした」


 破天の最後の一撃は『竜眼』を持ってしても反応が出来なかった。それでも、直撃を避けれたのは危機を察知した本能から足が後ろに引いたからである。

 試合は勝利したが戦士としての格は圧倒的に破天が上だった。


『それではセラ選手に聞きましょう! 後二回続投できますが、どうしますか?』


 決闘祭の醍醐味の一つである続投は、勝者がそのまま次の戦いも行う権利を行使することにある。

 掛け金の倍率は変動するものの、これまでダメージの少なかった勝者は決闘フィールドから降りることはなかった。


「続投します。次は誰ですか?」

『続投だぁー! 次なる挑戦者は誰でしょうか!? 今の戦いを見て、我こそは! と意気込む方は決闘フィールドにお上がりください!!』


 決闘祭に八百長が無いと言われる所以がこれである。初戦以外は完全にランダムな対戦であり、次戦からは情報の知れた勝者は厳しくなるのだ。

 無論、誰もいなければその場でお開きとなる事もある。


「あー! ダメですよ! 姫様!」


 その時、諫めるような幼い声と共に高い位置の客席から跳んだ少女が居た。

 少女は何ともない仕草で決闘フィールドに着地。奇しくもそれは青の旗の前であった。


「次は私だ!」


 長い銀髪を馬の尻尾のように後ろで束ね、セラよりも背の高く凹凸がハッキリと体格の少女である。片手には鞘に入った片刃の剣を持ち、スリットの入った服からは色っぽく肌が露出している。


『恒例の飛び入り参加です! お名前を聞いてもよろしいでしょうか?!』

六道夜見ろくどうよみだ! 先ほどの戦いに感化され、己を抑えきれなかった!」


 地声でも観客達に聞こえそうなほどの声で意気揚々と胸の内を明かす。


「我が剣を振るうべき相手を月下の元に見つけた! この一会いちえは間違いのない経験モノになると確信し、この場に立っている!!」


 夜見はセラを見て不敵に笑う。それはより高みを目指す者としての崇高な眼であり、セラを侮るモノではない。


『観客の皆さまも、夜見選手の意気込みは分かったでしょう! それでは倍率を表示します!』


 光が動き二人の掛け金の倍率を表示する。


 夜見 1.8倍

 セラ 1.5倍


「ふっ、妥当だな!」

「……」


 倍率を見て夜見とセラはそれぞれ別の事を考えていた。


「……まだ足りませんね。もう一戦必要か」


 先程の勝ち取った6万リルを全て賭けても目標の10万リルまで届かない。もう一戦やる事を考え、セラは連戦のペース配分を組み立てる。


「よろしくな! セラ殿! 私は六道夜見だ!」

「聞こえてます。それはカタナですか?」


 夜見の手に持つ僅かに反った剣は特定の製法でしか造られない武器であったと思い出す。


「そこらの大量生産とは訳が違うぞ! 『月輪刀』は岩を豆腐の様に切る。この『月光姫』が持つ故に怪山を切り伏せる戦刀となったのだ!」

「………そうですか」

「むむむ! その目は疑っているな! まぁ良い! 良き試合をしようではないか!」


 温度差の激しい二人である。しかし、セラは裏表の無さそうな夜見の性格は嫌いではなかった。


「よろしくお願いします。夜見さん」

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転生勇者と滅びゆく世界 古朗伍 @furukawa

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