1話 600年前の伝説

 『白』『赤』『黒』『青』。

 四つの光は尾を引きながら空へ昇ると、四方向へ飛び散って行く。

 一つの戦いが終わり、次の戦いに備える様に『太古の結晶』は再び、世界へと散った。


「…………」


 その様を“空の庭園”で見上げていた【勇者】は『聖剣』を突き立て、疲れたように座っていた。

 傍らには、淡い光に包まれている一人の女性が立ち尽くしている。


「シグ」


 空から【勇者】を見つけたザイオンは旋回してその傍に着陸する。彼は【魔王】が作り出した“影の勢力”を食い止める役目を担い、敵が消失したため【勇者】の元へ駆けつけたのである。


「……イオン。そっちはどうなった?」


 【勇者】は現れたザイオンに眼を合わせずに質問する。その様子に【魔王】との戦いが相当堪えたのだと見て取れた。


「消えたよ」

「どっちが?」

「どちらもだ。シグ……【魔王】は何をした?」


 淡い光に包まれている女性は眠たそうな半眼で【勇者】を見る。【勇者】は日の出が始まった水平線へ視線を向けたままだった。


「【魔王】は封印したよ。これ以上、悪い事にはならない」

「でも目的は達せられた」


 女性の言葉に【勇者】は立ち上がり、突き立てた『聖剣』を見て疲れたように笑った。


「ゴゥは手厳しいな」

「シグ、質問に答えろ! 【魔王】は何をした!」

「イオン。【魔王】は――」

「いいよ、ゴゥ。僕が言う」


 【勇者】は【魔王】のした事、世界に起こった事をザイオンへ説明する。話しが進んでいくと、ザイオンは拳を作って【勇者】を殴っていた。


「お前は! それで奴を封印に留めたのか!?」

「僕だって止めたかったよ! けど! 【魔王】を殺すことが解決につながるとは思えない!」

「それでも! お前が……お前だけが【魔王】を止めることが出来た! この惨事はお前が引き起こした事だ! あの時【魔王】を殺していればこんな事にはならなかった!」

「イオン。シグは悪くない。悪いのは私」


 庇うように声を出した女性の言葉に、決戦前に決意を胸に分かれた時の事を思い出す。

 誰の元に【魔王】が現れても全員でそこへ駆けつけると……たとえ何を犠牲にしてでも――


「……そうだな。悪いのはオレだ。オレがお前たちに背負わせ過ぎた」


 同胞を護る為にザイオンは、すぐにこの場に来ることが出来なかった。

 ザイオンはその場に胡坐をかき、オレも殴れ、と【勇者】に告げる。

 そのザイオンの顔面に【勇者】は思いっきり“蹴り”を食らわせた。


「てめぇ! 殴れって言っただろ!」

「僕の“殴る”は蹴りだよ」

「上等だ! このクソ野郎ぉ! てか、殴れよ!」


 すると、二人は子供のように喧嘩をし始めた。お互いに能力を使わず、お互いの拳がお互いの顔面にめりこみ、ノーガードの殴り合いが続く。

 淡い光を放つ女性は手ごろな瓦礫に座り、欠伸をしながらその様子を眺めている。


「男はアホ」


 小一時間は殴り合い、疲れて足元がふらつく二人を見て女性は呆れた言葉だけを口にした。


「はぁ……はぁ……ザコ種族のくせに、変な意地はりやがる」

「ふぅ……ふぅ……君もトカゲの最終進化系にしてはバカだよね」

「それって、侮辱だろ? 侮辱だよなぁ!?」


 お互いの頬に拳を同時に叩き込んだ二人はそのままふらついて仰向けに倒れた。


「終わった?」

「「終わった……」」


 二人は女性からの言葉に同時に応えると、ザイオンは上半身だけ起こす。【勇者】はまだ仰向けの状態で息荒く、白みがかった空を見ていた。


「空は何も変わらない……」


 いくらヒトが良い事をしても、いくらヒトが愚かなことをしても、世界はただ結末だけを受け入れている。いや――


「受け入れなくちゃいけないんだ。だから、僕たちも出来る事をしよう」


 同じように上半身を起き上がらせた【勇者】はその場にいる二人の仲間に告げる。


「……オレは生き残った仲間を集めて『霊峰』に里を作る。あそこなら、安心して生きていけるからな」

「私は“世界の意思”を護る。手伝えるのはここまで」

「シグ、お前はどうする?」


 【勇者】は立ち上がり、『聖剣』を引き抜き逆手で持つ。


「僕は……この世界を救うために出来る事をやってみようと思う」

「忘れないでシグ。貴方が手に入れたものに対する代償は私にもわからない」

「わかってるよ。ゴゥも退屈になったらイオンの所にでも顔を出すといい。僕は困った時に君を尋ねようと思う」

「そうする」

「するなするな。ゴゥスト、お前は常識が無さ過ぎる。オレは落ち着くまで50年以上はかかるからな。100年くらいしたら会いに来い」

「そうする」

「それで『太古の結晶』はどうするんだ?」


 この戦いの軸となり、世界に散った四つの結晶についてザイオンが二人に問う。


「探さない方がいい。特殊な加工が無ければただの石と同じだからね。意図して手に入れたら誰も知らないところに捨てるんだ。絶対に手元に無い方が良い」


 迷いない【勇者】の決断に二人は異論はなかった。ソレを知る者が手元に置いておくだけで価値を生んでしまう。


「それじゃ、二人とも。次に集まった時は一緒にトランプで七ならべでもしよう」


 そう言って『聖剣』の力を使い【勇者】は光に包まれると、故郷へ転移していった。


「七ならべしたいか?」

「シグはいつも6で止めるから嫌」


 その場に残った二人は【勇者】の腹黒さに呆れるほど振り回された事を思い出し、笑った。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 セラは『霊峰』より、二ヶ月の旅を得てレヴナントの領地へと入っていた。

 道中に多くの冒険者に出会い、『ハイライン』も利用して、ようやく王都行きの商団に同行させてもらうことで目的地にたどり着いたのだ。


「ついたよ、セラ。ここがレヴナントの王都――エリシュナだ」


 水堀の橋を抜けた一団の馬車は、無事に王都エリシュナの中に入ることが出来たようだ。外から見た王都エリシュナは高い防壁と防護魔法に囲まれており、竜眼では中を伺う事は出来ない。

 開いていた地図を畳み、自分の荷物に戻したセラは馬車の荷台から降りる。その時の感触は固い石畳を踏みつけた。


「っと。舗装されていますね」

「ここ18年で一番発展した国だからね。同盟国の代表となる国がレヴナントさ」


 商団の団長は幅の広い道路は馬車での行き来がしやすい様に舗装されていると説明する。


「同盟国はこの大陸では一番の勢力を持つと聞いています」

「18年くらい前に帝国との大きな戦争があって、その戦いで帝国と同盟国は双方に大きな被害が生まれたんだ」

「知っています。2年は続いた戦争に結局は帝国側の勢力の一部が同盟国に寝返ったと事で終わったそうですね」

「良く知ってるね」

「『ハイライン』に知り合いがいまして。この国に来るならある程度の教養に、と」

「専門家に聞かないといけないレベルの情報なんだけどね。終わったのは開戦から2年後だった。今は復興16年目だよ」

「各地を見ましたが戦争があったにしては人の生活は落ち着いていました。正直、もっと荒れているかと思いましたが」

「ああ、それは王の采配のおかげさ」


 と、会話に割って入って来たのは少し身なりの汚い、髭を生やした中年の男だった。地味な市民の服装であるが思わず目に付くような雰囲気がある。年齢的には60前後と言ったところ。


「また抜け出したのですか?」


 団長は握手しながら、現れた男にいつもの言葉をかける。


「君たちの運ぶ品は昔から質がいいのでね。この友好関係を維持する為に媚を売っておくのは損ではないだろう」

「貴方が言うと壮大過ぎますのでやめてくださいよ。我々は一商人ですよ?」

「助かっているのだよ。戦後に各領地が食糧難にならなかったのは各地を回る事の出来る商人たちが居たおかげだ。案外、君たちの中から【勇者】が生まれるのかもしれないな」

「そうなったら『聖剣』は売りますよ。それに王の采配があったからこそ迅速に動けたという事もお忘れなく」

「はっはっは、それは照れる。それと『聖剣』は割引きが効くかな? 観光の名所としては最適でね」

「ゾイ」


 セラは話が長くなりそうなので少しだけ二人の会話に割り込む。


「道中ありがとうございました。私は用事がありますので失礼します。お邪魔みたいなので」

「ああ。セラも気をつけてな。後、道中助かったよ」


 商団長のゾイも彼女に助けられたことに対して礼を述べた。セラは荷物を持ち、本来の目的を果たすために歩き出す。

 ここからが本番だ。師の話では【勇者】はレヴナントの王都に居るというだけで手紙の内容は終わっていたらしい。

 どこの誰なのかは調べるしかないが、ある特定の条件さえ注意して調べれば見つける事が出来るとの事。


「お嬢さん。観光かな? よければ案内しようか?」


 すると、ゾイと話していた男がこちらを向いていた。


「話は良いんですか?」

「ゾイとは夜に酒でも飲みながら旅の話でも聞くよ。仕事が忙しい身ではそれが唯一の楽しみでね」

「仕事で忙しいのに私に構っていても良いんですか?」

「いいのいいの。これも仕事みたいなものだからさ。この国に住む者としては、良い国だと印象を持って帰って欲しい」


 セラは男を見て信頼に値するかどうかさておき、ゾイの知り合いであることからそう悪い人ではないと判断する。


「わかりました。ただ、先に言っておきますが観光料は出せません」


 リスクとリターンを考え、王都内の地図を手に入れるよりは安く済みそうだと判断する。この旅で金銭的な打算が身についたことを改めて実感していた。


「取らないよ。でも、最後には払いたくなるほどの接客はするつもりだから安心して」

「そこまで気を遣う必要はないですが」

「文官にサービス精神を叩き込まれてね。先に宿屋を紹介するよ。荷物を置きたいだろう?」


 最初に案内される場所が決まり、男は先頭に立って歩き出す。


「セラです。名前を聞いても?」

「私はハ……ロスだ。ロスと呼んでくれ」


 少し悩んだ様子は気になったが、その名前が本当かどうかなんて調べる必要も術もない。危険になったら今までの経験どおり、片づければいいだけの話だ。


「それでは、ロス。宿屋までお願いします」

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