2話 勇者と剣王
姉が告白されたのを機に冒険者になるという事を打ち明けた。
戦争で父を病で母を亡くし、姉と二人で生きて行かなくてはならなくなった。僕も疫病にかかり死にかけていた所を偶然、ハイロス王に救われた。
彼は同盟国領地の視察に来ており、死にかけていた僕を背負った姉さんの姿を見つけて医者をあてがってくれた。
その後、彼は行くあての無い僕と姉さんをレヴナントの王都宮殿で使用人として雇ってくれたのだ。ハイロス王には返しきれないほど恩に感謝して一生懸命働き、15年が経った頃、姉さんは王宮に出入りする騎士団の小隊長の人に告白された。
姉さんに告白した人は、小さい頃から僕や姉さん親身になって色々な話を聞かせてくれた人だった。その彼から騎士の事や冒険者の事などを聞いて将来は王宮から出てそっちの道に進もうかと思っていたのである。
「ロール姉さん。僕は冒険者になろうと思う」
「――ん? シグ。何か言った?」
夕飯の席で昼間に告白されたことで頭がいっぱいになっていたロール・インダーは、弟のシグルム・インダーの言葉は上の空であった。
「使用人をやめて冒険者になろうと思う」
「……そう。使用人の仕事は嫌になったの?」
「違うよ。ずっと考えてたんだ。ハイロス様みたいに僕も人のために何かしたいって」
「あら、使用人の仕事も人のためになるわ。特に陛下は素晴らしい方よ?」
「ハイロス様が良い人なのは僕にもわかるよ。だからこそ、僕はここを出て他に困ってる人を助けたいと思ったんだ」
この国には賢王ハイロスが居る。
大国となったレヴナントはここ20年余りで急成長を遂げており、ハイロス王も国内の役職となる存在は慎重に選定しているようだった。
「なら騎士になるのはどう? ディンにある程度は稽古をつけてもらってるんでしょ?」
「あのね、姉さん。騎士になるには貴族の伝手か戦果が必要なんだ。僕はどっちもないから無理」
騎士を育てるのもタダではない。乗馬の訓練に、剣の訓練はもちろん、サイズの合う鎧などもそろえる必要がある事から、平民からの進出者は今のところ募ってはいなかった。
「別にシグは問題ないと思うけどなぁ。陛下やディンは十分に貴方の事は認めると思うわよ?」
「自分一人の力でやらなきゃ意味が無いよ。そりゃ、騎士になるのも考えたけどさ。けどハイロス様は良い人だし、ディンさんも知り合いだから贔屓されそうで」
「自惚れ過ぎよ。でも、貴方の決めた事なら私は応援するわ。それで、いつ出発するの?」
「明日の朝。剣はもう買ってあるから、取りに行ってそのままギルドへ登録に行くよ」
「しばらくは王都に居るの?」
「うん。でも宿屋に止まるよ。旅費が溜まったらいろんな国に行ってみようと思う」
「そう。シグも18だし、男の子なのね。落ち着いたら手紙を頂戴。それと早いうちに信頼できる人を見つけるのよ? 一人は大変だからね」
「わかったよ。姉さんは心配性だなぁ」
唯一の肉親であり、母変わりである姉の気持ちは誰よりも分かるシグであった。
翌日の早朝。シグは世話になった使用人の人たちに挨拶を済ませ、最後にロールと抱き合って別れを告げ、宮殿を後にした。
宮殿門番にも軽く挨拶し、街へ降りて行く。
そして、大きな工房に隣接している鍛冶屋に歩いていく。騎士の鎧や防具なども精製している王都の鍛冶屋は規模も大きく、職人たちは腕利きの者達ばかりである。
「おはようございます」
武器や防具の見本などが並んでいる受付カウンターにシグは話しかけた。
実物もいくつか置いてあるが、防具に関しては注文は多い。それ以外にも武具を整備用する道具や、ランプにロープと言った旅の道具に、指輪やティアラなどの装飾品も取り扱っている。
24時間稼働しており、ちょっとした修理ならばすぐに対応してくれるほどに規模も人数も多い。店内には来客用のテーブルと椅子も置かれており、鍛造を待っている客の姿もちらほら見える。
「来たなシグ。お前の
巨大工房の主であり、王都の鍛冶職人の長であるドワーフの工房長が顔を出す。
この時間はまだ受付嬢が働く時間帯ではないため、手の空いた工房の作業員が対応することが多い。
「ご要望の長剣と短剣だ」
ドワーフの工房長とは騎士団の使い古した武器や防具を運んだりすることもあったため顔見知りであった。今日の事は前から相談していたこともあって一から武器を作ってもらっていた。
「素材を調整して重量を軽くしてある。それと切れ味を高くして錆びにくくなってるが耐久は下がってるからな」
「ありがとうございます」
注文通りの武器に一度手に取って感触を確かめる。
「お前の注文はここで工房を始めてから初だったぞ。故郷では度々あったが」
「そうなんですか?」
「まぁな。どこで、この製法を知った?」
「ディンさんから聞いたんです。海兵の人の武器が使いやすかったって」
レヴナントは内陸の国であり、甲冑による白兵戦が戦いの軸になるため、重く、耐久力の高い武器が好まれる。しかし、冒険者にとってはそれが最良とは言えない。
「そうか。お前がそれでいいなら何も言わん」
シグは長剣を背に短剣を後ろ腰に、慣れたように収め、武器の使用に問題がない事を確認する。
「シグ、お前。剣を持つのは初めてだよな?」
「え? そうですけど」
「やたら慣れてねぇか?」
長年、剣を使用していたような動作が妙に様になっており、工房長も気になったようだった。
「……気のせいですよ。騎士の方々に色々と話を聞いて知識だけはあるので」
「そうかい。なんにせよ、あっさり死ぬなよ」
安定された組織の中で動く騎士と違い、個々での責任が重要とされる冒険者は常に命の危機が付きまとう。腕の立つヤツの姿を見ないと思ったら、死んでいたという事はよくある事だった。
「お気遣い、ありがとうございます」
「防具の方はまだ加工中だ。夕方にまた寄ってくれ」
「お願いします」
とりあえず、ギルドへの登録を済ませておこう。用は済んだのでシグはカウンターから放れて扉に手をかけた。
「少年」
シグはその言葉が自分に向けられたものだと察し、店内のテーブルに座っているフードコートを着た冒険者に視線を向ける。
「君と話をしたいんだが、時間を貰えるかな?」
「冒険者の方ですか?」
「ああ。それで、時間は取ってもらえるのかな?」
椅子から立ち上がり、冒険者はフードを取る。白髪をゆるい三つ編みにまとめ、赤眼の右眼の周りにはタトゥーが彫られている特徴的な女であった。
「……まさか【剣王】。ビジル・オーネット?」
「外で話さないか? オレは目立ちたくない」
一度顔を出した女は再び目深にフードを被る。ここに居る事が知られると色々と面倒な事になると、シグの背中を押しながら店を後にした。
朝の仕事の始まりを告げる鐘が鳴り響く市街地は仕事に赴く市民や、市場の賑やかさで溢れていた。
「それで、貴女ほどの冒険者がなぜここに?」
「オレを知ってるのか?」
「たぶん、冒険者のみならず、剣を持つ人なら誰でも知ってますよ」
【剣王】ビジル・オーネット。
この名前が記録されているのは今から450年も前になる。
名のある剣士、戦士の元に現れては戦いを挑み、その全てに剣一つで勝利し続けた事で、その名が知られ【剣王】の異名で呼ばれている。
【剣王】の偉業は世代を超えても廃れることは無く、数多の時代で最強の一角として伝わっている。
【剣王】を継ぐ者は同時に名も継ぐと言われており、“ビジル・オーネット”と名乗る事を義務付けられているのだった。
今世代の姿は白髪に赤眼の女であり、己の身体能力を引き出す魔法式を意図したタトゥーを右眼の周りに彫っているとの事。
「最近話題のレヴナントを見ておきたくてね。18年前の戦争にはオレも参加していた」
「どちらで?」
「帝国側」
人々の往来の中、シグはビジルに先導されて歩いていく。その足先は中央広場へと向かっていた。
「戦時中にな。ハイロス王と話をする機会があってね。中々にいい男だったよ。『賢王』とはよく言ったものだ」
戦場で暗殺者として動いていたビジルはハイロス王の暗殺を依頼されたが、彼の人間性に考えを変え、見逃したとのこと。
「ハイロス様は僕みたいな平民を助けてくれました。きっと、僕の中では彼以上に尊敬できる人は現れないでしょう」
「そのハイロス王も幼少のころから優秀な文官に支えられて育ってきたらしい」
「シーナと呼ばれた文官です。宮殿では知らない人はいません」
稀にハイロスと話す機会のあったシグは、シーナは彼が最も慕っていた人間であったと聞いていた。
「相当優秀だったらしい。直接会いたかったが、戦争が始まる前に妻子を庇って死んだ」
ビジルの足が止まった。
「その文官なら、アレを抜けたと思うか?」
場所は街の中心にある広場。昔は多くの人が行き交うという事で市場の場所として利用されていた。
しかし、今は中央に突き立てられた『聖剣』を見に数多の人々が訪れる場所として知られている。
「『聖剣広場』ですね。観光の名所にもなってます。ビジルさんも挑戦しました?」
「この国に来てからすぐに挑戦したが無理だったよ。少年はやってみたかい?」
伝説に存在する【勇者】にしか抜けないとされている『聖剣』に挑戦する人たちが後を絶たないのだ。
今も何人かの力自慢の冒険者が引き抜こうと挑戦している。しかし『聖剣』は時間が止まっているかのように微動だにしない。
「僕は全然動きませんでした」
「そうかい。それにしても、今日は予想外なことが多くてな。正直驚いている」
「何がですか?」
「少年、あの鐘楼には登れるのか?」
ビジルは時間を告げる鐘を鳴らす鐘楼を見上げていた。
「一階から上れるようになってたはずです。上ったことは無いですけど」
「オレはな、君をスカウトに来たんだよ。少年」
「僕をですか? 光栄ですけど、ビジル・オーネットに改名する気はありませんよ?」
予想外の返答だったのか、ビジルは眼を点にすると次に笑い出す。
「ふはは。それは盲点だったなぁ。だが、少年はもっとふさわしい名前があるだろう? シグルム・ウェドナー」
ビジルが口にした名前は600年前に【魔王】と戦った【勇者】の本名であった。
世界を救った【勇者】の名前は“シグルム”だけが伝わっており、フルネームを知る者は殆ど残っていない。
当時を知る人しか判り得ない名前を口にする彼女は、少なくとも600年前の事を知っていることになる。
「シエーラ・グローメルは実に見事だった。立派な人格者であるハイロス王を作り上げた。彼は今現在、最も世界を救う可能性のある人物だろう。時間はかかるだろうし、ある程度の運が絡むかもしれないがね」
「……」
「何か言う事は? ああ、心配は無用だ。この広場に居る者たちにオレたちの会話は聞こえない。そういう魔法は得意でね」
「……貴女は何者ですか?」
「ビジル・オーネットだ。人よりも少しばかり長生きな老獪だ。600年前はどうも。我が友は封印されたが、おかげでオレは闇に潜れた」
最も古い名前と、600年前という単語を出されてシグは目の前にいる存在が何者なのかを悟った。
「……どうやって僕がここに居ると?」
「ちなみに言うと、空襲竜を尋問したわけでもない。ある程度目安はつけていたが、今日出会えたのは本当に偶然なんだよ」
「僕を殺しますか?」
「それは最も愚かな選択だな。今ここで君を殺したら次はどこに現れるのか分からなくなってしまう。それだけは避けたい」
「なら軟禁でもしますか?」
「それも意味が無い。『聖剣』の事もよく知ってる。アレを持った君に拘束は無意味だ」
「……意図が分からないですね」
「そう恐い笑顔を作らないでほしい。オレに敵対の意思はないよ。言っただろう? スカウトに来たんだ」
「どこまで本気なんですか? 僕がそれをのむとでも?」
「君の旅を終わりに出来る」
シグはビジルの言葉に僅かに反応する。
「600年前から続いている君の旅だ。オレたちは世界を救うために行動している。この件が全て片付けば世界は救われる」
「世界を救う? 600年前に【魔王】のしたことを貴女は知らないんですか?」
「知ってるよ。あの時はアレが最善だった」
「話になりませんね」
「話にはなっているさ。君は聞いてくれている。オレも出来る限り君の動きを見ていた。大変だっただろう? 世界を救うために何度も繰り返すのは」
「…………」
「別に今すぐにとは言わない。オレは結構待てる方でね。今日、最後の鐘が鳴る前にあの鐘楼に来てくれれば良い」
そう言ってビジルは肩に一度手を置いて去って行く。シグが振り返ると彼女の姿は雑踏の中に消えていた。
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