6話 海洋都市メガフロート

 力を求めるという事は果てへの研鑽に過ぎない。

 生まれた時から生物としての強度が決まるとしても、“強さ”とは別の意味であるからだ。

 遥か彼方まで見通す眼を持っていても、水の中で呼吸できる器官を持っていても、ソレは優位になるだけで強いとは言えない。

 必要なのは自分自身を知る事と、自分に何ができるのかを認識すること。

 『聖剣』を持つ意味。『聖剣』に選ばれた意味。【勇者】として当然のように振るう僕でさえ、なぜ『聖剣』が僕を選んだのかは分からない。


 “強靭な戦士でも、歴戦の将軍でも、深淵の知識を持つ賢者でもない。『聖剣』を持つのは君でなければならない。君のように誰よりも命を愛している者が【勇者】なのだよ”


 ただ、先代の【勇者】が病に伏していた僕の元を訪れたのが旅の始まりだと思っている。






「セラさんは旅は徒歩で?」

「歩きだったり、馬車に乗せてもらったりしました」


 王都エリシュナから南下し『メガフロート』に到着した馬車から降りたシグとセラは活気あふれる街に思わず気落とされそうになった。


 大国レヴナントから同盟国領地を抜け南端にある海洋都市『メガフロート』は、商人たちが寄り集まって出来上がった都市である。

 海路を使った物資の運搬は街道に比べて多くを安全に運べるため、今では世界各地から寄り集まる商品で溢れている。

 あらゆる組織の支部が存在し、今現在の世界では最も活気のある都市としても知られていた。


「相変わらず、この人波は慣れないなぁ」

「ものすごく騒がしいですね」


 シグも宮殿の使いとして訪れた事はあったが、人混みと数週間で変わる露店によって自分がどこに居るのかも分からなくなってしまうのは未だに慣れない証だった。


「とりあえず、僕はギルドに行きます。流石に路銀が尽きてしまったので、都合の良い依頼が無いか見てみるよ」

「私は『ハイライン』を使って師に報告します。合流はどうしますか?」

「僕はギルドに居るから、セラさんは用事が済んだら来てくれる?」

「わかりました。では後程」


 役割を分担し、シグとセラは別れて行動する事にした。






 通信組織『ハイライン』。

 遠距離での意思の疎通を目的とした組織であり、組織を立ち上げたのは組織名にもなったハイラインと呼ばれていた『鳥族』であると言われている。

 彼は【勇者】と共に遠く離れた者たちを繋ぐためにこの組織を立ち上げ、当時は手紙などの配達を主な業務として行っていた。しかし、類まれな知識を持つ“転生者”と呼ばれる者たちの手によって劇的に技術は向上し、今現在では遠く離れた『ハイライン』の支部同士であれば通話が可能になるほどの設備を用意していた。


「ザイオンと繋いでほしいのですが」


 セラは『ハイライン』の建物に入ると一番にカウンターへそのように告げた。


「しょ、少々お待ちください!」


 受付嬢は慌てて奥へ引っ込んだ。

 ザイオンという名前は『ハイライン』の間では特定の連絡先に繋げるためのコードのようなもので世界でも幻とされている『竜族』たちが利用したことを記録するためのものなのだ。

 しばらく待つと、奥から見慣れた顔が現れる。


「あら、よく来たわねセラ」

「そういえば……南下すると言ってましたね、ジェシカ」


 現れたのは旅を始めて最初に出会った『ハイライン』の職員の『猫族』のジェシカであった。レヴナントの知識も彼女から教えてもらった事である。


「相変わらず小っちゃいわねぇ」

「まだ別れて一ヶ月ほどしか経ってませんが? それに歳は私の方が上です」

「こう言うのは大人の色気なのよ」


 にゃふふ、と笑いながら頭を撫でてくるジェシカは出るところは出ている大人のヒトである。それに対して成長の遅いセラは16歳前後の少女の姿であった。

 傍から見ればセラの方が年上など誰も思わないだろう。


「おいで。奥の部屋を貸しきりにしてあるから、そっちでザイオン様に連絡するといいわ」

「ありがとうございます」

「それと、髪は少し伸びたわねぇ。後で切ってあげようか?」

「いえ、それでしたら結びます」


 竜族は成長が遅い分、髪の伸びも遅い。セラは特に気にならない限りは長くしたいと思っていた。


「ふーん。セラにも女の子な部分があったか。それで【勇者】は居なかった?」


 旅の目的を聞いていたジェシカはレヴナントから離れたメガフロートに居るセラの様子に彼女の目的が空振りに終わったのではないかと心配していた。


「居ました。一緒に旅をしています。今この街に居ますよ」

「本当? それならぜひとも一度はお目にかかりたいわね。『聖剣』は持ってこなかったの?」


 レヴナントの『聖剣広場』から『聖剣』が消えたという情報はない。


「本人の意思です。『聖剣』は本当に必要な時にだけ手元にある方が良いと」

「ふーん。まぁ、それなりの人格者で安心したわ」

「なにがですか?」

「『聖剣』が動くことは多くの事を意味するわ。簡単な解釈では、ソレが必要な敵が現れたとかね。特に『ハイライン』はそういう情報は常に入ってくるから」


 『聖剣』が人の目の届かないところに消えるという事は【勇者】が動いているという証拠であるのだ。同時に『聖剣』を必要とするほどの脅威が動いているという事の裏付けでもある。


「強いからって力を振り回すような人じゃなくて良かったって事よ。18年前に『帝国』から『聖剣』が消えた時は『ハイライン』じゃ大騒動でね。上の人たちで話し合って恐る恐るザイオン様にも話を聞いてもらったけど、ほっとけって言われたわ」


 当時は新米だったジェシカは、『聖剣』一つでそこまで慌てる? と思っていたが、ハイラインでも機密を見ることが出来る立場になり、過去の【勇者】と【魔王】の戦いに加え『聖剣』の能力を知った。

 今では『聖剣』の所在はまさに世界の命運を左右するほどのモノだったと改めて理解している。


「セラはその辺りの話に疎そうだからねぇ。しっかり世界の事を学んで行くといいわ」

「そうですね。色々と知らない事が多々ありました特に一番身についたのは、衛生面です」

「お風呂ってあんまりないでしょ?」

「世界各地の街に真っ先に必要な施設だと思いました」


 『霊峰』に居た時は当然だと思っていた事も、旅をする上では簡単にはいかないのだと改めて実感していた。






「セクメトゥーム地方への出張任務って何か出ていませんか?」


 商人たちが集まるだけあり『メガフロート』を拠点に活動する冒険者は多い。特に最近は海洋系の魔物の発生が増えていることもあって、魔法が使える冒険者は船の護衛として雇われることが多かった。


「今、セトナック海域には厳戒令が敷かれています。聞いていませんか?」


 セクメトゥーム地方はセトナック海域を挟んで別の大陸に存在する古い地域である。そこには太古の昔から遺跡が存在し、踏破した者は何でも願いの叶うとされている。


「すみません。先ほど街に到着したばかりなので最近の情報は殆ど知りません」

「セクメトゥーム地方に向かう船は次々に沈められているのです。『ハイライン』でも情報がつかめないため、現在のセトナック海域への航路は封鎖されています」


 空からの偵察も出来る『ハイライン』が全容を掴めないなど前代未聞だ。ギルドも最初は調査に人員を割いていたようなのだが次々に船を沈められて調査どころではなかったらしい。

 最低限の情報として海面に魔法も無しに立つ人影を見たという事だけが今解っている事だった。


「【剣王】もこの調査は断りました」

「そうなんですか」


 と、なれば【魔王】の勢力が関わっている可能性も出てきた。セラの言う通り、敵は『太古の結晶』を取るための準備を進めているという事だろう。


「まいったなぁ」


 路銀が殆どないので、セクメトゥーム地方へ向かうついでにそちら方面の依頼を受けようと思っていたのだが、あてが大きく外れてしまった。


「……どうしてもと言うのであれば無くはないですが」

「何かあるんですか?」

「海賊です」

「海賊?」


 シグは意外な単語に思わず聞き返す。


「今回の沈没事件はレヴナントでも問題の一つとして考えてくれまして海洋戦力の一つを調査に回してもらったのです」


 ハイロスは此度の沈没事件は国の経済に影響すると考えての対応策を用意していたらしい。


「まさか、ボーングレイグ海賊団ですか?」


 それは、シグがまだシーラだった頃に交渉した海賊であり、同盟国の傘下としてセトナック海域の航路を護ってもらうように契約した記憶が新しい。


「はい。ですが、彼らをもってしても沈められたとの事です」


 もはや決定事項だ。海の上で彼らを一方的に沈める存在など【魔王】の勢力意外に考えられない。


「今、どこにいますか? 海の底?」

「港には帰ってきています。直接交渉するなら酒場に居ると思いますよ」

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