第5話 後編・さきたま古墳群

ラーメンでお腹が膨れた一行は、重たくなった体を引きずりながらお隣、かの有名なさきたま古墳群へとやってきた。あっちに古墳。こっちにも古墳。あそこにも古墳。埼玉の地名の由来ともなった古墳群、流石の規模を呈している。またこちらでも桜が見事に咲き誇り、視界に彩を添えていた。


「うわぁ、凄い人出だねー! 」

「花見スポットなんだろうな。これじゃあ安らかに眠れなどできまい。」

「わ、すごい、もうかき氷売ってる! 」


ざっくり見ただけでもこの感想である。駐車場もほぼ埋まっており家族連れにウォーキングらしき人々もおり大わらわだ。ちなみに、古墳群の説明文を見るよりも桜の花を見て写真に収めている人物の方が多いのは言わずもがなだった。

砂利道をゆっくり歩く。まっすぐ一つ目の古墳に続く道。左右に広がる草原も相まって和やかな、落ち着いた気分にさせてくれる。観月が桜に見とれていると、


「速水。こっち来てみろ。」


恩田が手招きしている方に駆け寄ってみる。そこには小さな案内板があり——石田堤について記載されていた。


「————‼‼ 」

「気を確かにな。」

「観月、しっかり。」


気を確かに持つ? そんなことができるわけがない‼ と半ば興奮しながら観月は思う。……まさか、まさかこの歩いてきた砂利道が、石田堤の跡で、正面に見えるのが陣地跡だったなんて、誰が想像できようか! 推しが盛大に失敗をやらかしちゃったその道の上でどうどう、と諫められる観月だった。


「ほ、ほら、写真撮ろうよ! 石田堤と古墳が入るようにしてさ、思い出を綺麗にさ! 」


そう言って早くも通行人に播本はカメラを託している。二つ返事で通りすがりのご夫婦が応じてくれ、四人並び先輩に挟まれるようにして、後輩二人、間に収まる。


「はい、チーズ! 」


頬を紅潮させたまま、写真に納まった。


                〇


「足元に気をつけてな。」


そう言って恩田が登り始めたのは、真正面に見えている陣地跡の古墳。——意外と、階段数も多く傾斜もある。我ら体力無しの文科系サークル——覚悟を決めなければなるまい。


「う……この傾斜、怖いな。」

「だよねぇ……。結構、あるよね。」

「うん……おじいさんおばあさんも登ってるから大丈夫だとは思いたいけど……。」

「この傾斜を三成も駆け上ったのかね。」

「はい行きます! 」

「はやっ」


あの遺骨を女性と見間違えられるほどの、食の細かった三成が一生懸命登ったかもしれない古墳? パッション湧きまくりです! という思いに突き動かされた観月は、その勢いのままふんふんと登り始めた。ちづきの「足元に気を付けてね、気を確かに持ってねー」という言葉は、勿論耳に入っていない。

結局、頂上に着いたころには熱くなったふとももに手を置いてぜえぜえと息を乱す羽目になった。勢いそのままに一段開けで登ってしまったのだ、無理もない。


「観月、三成のことになると、すごい瞬発力だよねぇ、つ、つかれた、」


後ろからちづきが息を切らして登ってくる。しかし登りきると一転、拡がる桜の花天井に見とれていく。立派な大木が二本、小さめの平地に植わっておりなんとも華やかな気分にさせてくれる。やはり陣地跡なだけあって周りの古墳よりも一際高く、そして忍城に近い。絶好の物見スポットだった。


「綺麗だね、ちづき。」

「へぁっ⁉ 」

「小田原攻めも春から夏にかけてだったから、こんな風流な景色を楽しんでいたのかな……。」


醍醐の花見とかするもん、絶対花見酒してたよね! と振り向く観月の顔は楽し気、喜色満面である。ちづきはため息をひとつ。「そうだねぇ」と曖昧な返事を返した。


「どうしたのちづき。疲れちゃった? 」

「ううん、大丈夫だよ。観月は? 」

「うん、まだまだいける! 」


意気揚々に応える彼女は珍しくも全力で楽しんでいて、いつもより魅力倍増だった。思わず、

「観月、写真撮ろう」という言葉が口をついて出たのも仕方がないというものだろう。


「うん? 景色いいもんね、撮ろう撮ろう! 」


じゃあ先輩たち呼んでくるね、と歩き出そうとしている観月を引き留め、


「ち、ちがくて! ふたりで、桜をバックにして、ツーショット撮らない……? 」

「……! いいね! 後で自慢しちゃお。そうと決まれば、どこで撮る? 順光がいいよね、あそことかどうかな⁉ 」

「う、うん! いいね、そこで撮ろう! 」


ちづきは必死で、何枚も写真を撮った。もっと背景を映そう、もっと顔が映える写真撮ろう、と言ってはぱしゃりぱしゃりと撮る。そろそろ十枚ほどシャッターを切っただろうかという辺りで、播本から


「そろそろ行くよ後輩たちー! 」


日が暮れると寒くなるよ! というお声がかかり、陣地跡からおさらばすることになった。観月は「三成……秀吉……」と名残惜しそうだったが、仕方ない。なんならあとでもう一回付き合うから、といってちづきは観月を引きずって降りた。


                  〇


その後もかの鉄剣の出土で有名な稲荷山古墳で石室の場所を確認したり(一つの古墳に二つ出土場所の石室があった! )、将軍山古墳に並べられた土偶が案外可愛くて写真を撮ったりとなかなか楽しい時間を過ごした一行だった。最後に少し足を延ばし、さいたま県名発祥の地、という石碑を写真に収め、ひとまずツアーは終了とする。


「観月、満足? 」


そう問いかけるちづきに、満面の笑みで観月は答える。

「最高だった! 」と。夕焼けに染められた観月の顔は満足そうで、ちづきも胸がいっぱいになる心地がした。


「あ、そういえばセンパイ方はどうしてたんです? 結局バラバラで見てた感ありましたけど。」

「んー? なにってそりゃあ、風景観察よ、風景観察。」

「はぁ……。」

「後で写真こっそりあげちゃうねーん。頑張って! 」

「風景ってそういうこと⁉ 」


どうやらずっと見守られていたということに言われて漸く気が付く。……まあ、写真が貰えるなら良しとしようか。


「ほら、皆乗れー。出るぞ。」


恩田が運転席から言う。楽しかった忍城・さきたま古墳群巡りももう終わり。また一つ、大切な思い出とレポートが増えた一行であった。

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気を確かに!!~推しを巡るオタクたち~ 東屋猫人(元:附木) @huki442

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