埼玉編

第4話 前編・忍城

 からりとした空に、静かな住宅街。そこに一台の車が滑り込んでくる。

駐車場になんなく駐車し、助手席から女性が降り立った。


「はー……やっと着いたぁー。」


伸びをして肩やら腰やらをバキバキと鳴らしているのは播本だ。思えば、随分と長い時間車に乗っていた。総合計時間、行きの片道で二時間ほど。出発点の東京都・埼玉県境から車でやってきたのはここ——忍城跡。


「そう言うな、これでもスムーズに来たんだぞ。」

「そうですよ先輩! 恩田先輩にお礼を言わないと。」

「ありがとうございまっす! 」


そう続けて降りてくるのは運転手を務めた恩田、そして観月、ちづきの三人。——そう、歴史探索サークル活動第二弾・「忍城・さきたま古墳群ツアー」の敢行に踏み切ったのだった。


                〇


話の発端は一か月前。


「あぁ——京都、楽しかったけど、思うように見て周れなかったのが残念! 近場で良いとこないかなぁ? 」


結局角屋も行けなかったしい、と恩田を小突きながら播本は言う。観月とちづきはぽりぽりとテーブル上のお菓子をつまみながら皆の先生グー〇ルを使って身近な史跡を調べてみている。


「せんぱぁい、板橋の駅に近藤勇の像あるらしいですよーぅ。」ぽりぽり。

「そこもう行ったー。」

「あ、じゃあこれどうです? 日野にある歴史博物館。」

「そこももう行ったー。なんならご子孫とお話しさせてもらったし著書もゲット済みぃ。」

「播本、お前なんだかんだ行き尽くしてるんじゃないか。」


呆れたように恩田が言う。それにてへっ、とお茶目にしながらも「だってこちとらファンだし? 聖地巡りはしたいというか? 」などと言っている。


観月たちはこっそり相談して、隣県——埼玉、千葉、神奈川なども探してみることにした。

そこでふと思い立って、観月は検索をかける。地理的な問題はわからないけれど、この近辺にありそうな気がしたのだった。


【石田三成 関東 観光】


「————~~~~~‼ 」

「ちょ、ちょっと待って観月、どうしたの⁉ 気を確かに、気を確かに‼ 」


突然の声にならない悲鳴を感知して、恩田と播本は振り返る。普段はストップ役をすることが多い観月が、机に突っ伏して手のひらに爪が刺さりそうなほどにぎちぎちと握っている。

机に放りだされたスマートフォン。その画面には——


【石田三成 関東の観光スポット! 石田堤に忍城跡! 】


「一時的発狂……」


と、ぽつり誰かが呟いた。


                 〇


という経緯で、石田三成をこよなく推す観月の決死の説得により忍城・さきたま古墳群ツアーが開催されるに至った。

京都旅行は冬、二月の事。それに対して今回は春うららかな季節ということもあり、随分と動きやすかった。しかも、桜は満開。絶好のお花見日和と言うやつだ。

はらはらと舞い降りてくる花びらにはしゃぎながら、忍城を目指す。駐車場のすぐ横がそうだった。


「おお、しろーい! 」

「ほんとだ。外壁綺麗だね。」


忍城は小ぎれいで、博物館なども併設されていた。だが、残念ながら休館日だった。「嘘でしょ⁉ 」と頭を抱える観月を、「気を確かに! 」と言ってちづきが取り押さえにかかる。——案外どちらが暴走しても上手くいく凸凹コンビなのではなかろうか、と恩田は思った。


休館中の博物館前を泣く泣く通り過ぎると、一旦外へ出ることになる。桜と城の情景はなんとも風情が漂う。風景と堀にいる鯉を眺めながら、堀沿いに歩いた。この通りにも見事に桜が花開いており、思わず飛行機雲も一緒に写真に収める。

すると、ちづきと先輩方が少し進んだところにあるベンチで待っていた。ちづきなどはブンブンと手を振っている。

——どうやら、風景に見とれている間に置いて行かれてしまったらしい。少し恥ずかしく想いながらも、小走りで追いかける。


「ねえ観月。ここすっごく良くない? 」

「ほんとだ……藤棚がある。もう少ししたら藤が楽しめるんだ……。」


粋な計らいにほう、とため息が漏れる。城郭には桜。休憩のベンチには藤。春、夏と楽しめるなんて贅沢なつくりだ。

そこでも一枚写真を撮って、一行は道を進む。いよいよ城内——といっても中に入れるわけでなく、庭に入るだけなのだが——へ。


まずもって出迎えたのは、堀に三角、丸、四角に抜かれた覗き穴だ。バランスよく配置されていて、現代でくりぬいたのでは、と密かに思う。塀に感嘆しながら歩を進めると、その内側——中庭だろうか? 石畳と竹藪が出迎えてくれた。


「……あ、秋見つけた。」

「え? どこどこ! 」


思わず零れ落ちた言葉を掬い取られる。思っていたよりもちづきは近くにいたようで、今では横並び、手でもつなげそうな距離にいた。


「ほら、あそこ。紅葉になる木。きっとここ、秋になったら綺麗な紅葉になるんだろうなぁ……。」

「…………。」

「? ちづき? 」

「……ねえ、観月。秋になったら、また来ようよ。いや、藤の咲くころでもいい。四季全部でもいいよ。」

「どうしたの、急に。」

「んーん、きっと綺麗ですね、ってこと! 」

「……? そりゃあ綺麗だろうけど……。いいの? 」

「もちろん! 」


そういってちづきは少し切なげに笑った。それがよく理解できなくて、もどかしい。考えていると、ちづきは


「あっ! 先輩たちあんなとこいるよ。……でも、なんか邪魔したら馬に蹴られそう。」

「……同感。」


恩田先輩と播本先輩は、少し高く盛られた土の上で、桜を間近に観察していた。傾斜が強めだからという建前もあるのだろう、……しっかりと手を繋いで。


「ちづき、先にあそこの門くぐって待ってようか。」


お腹いっぱい、と呟くと、さんせーい、と炭酸の抜けたソーダのような返事が返ってくる。二人で門をくぐり、外へ。すると眼前に広がるのは、竹と松。なんとなしに秋を感じる情景の中で、無言で競ってあるものを探した。


「っっあったー! 」

「うそ、ちづき早いっ。」


そう、松ぼっくり。松の木があったら探さずにいられない、あれ。そのあと探しても一向に見つからず、残っていたのはその一つだけだったようだ。

そんなことをして遊んでいると、後ろからパンパン、と手を打つ音が聞こえる。


「なに二人して夢中になってんのー? 」

「……ほお、秋か。春夏秋、と揃ったわけだ。」

「なるほど! 」


恩田先輩と播本先輩だ。いつのまにか二人だけの丘から帰ってきていたらしい。

忍城はこれで見終わってしまった。あの石田三成が小田原征伐で大変苦戦したあの城。博物館がやっていなかったからか、なんだかあっけなく感じる。


「図録だけでも売っててくれればよかったのに……! 」


そう唇を噛む観月を、ちづきが引きずって駐車場にもどらせた。

すると途端、


「あ、」


と播本が声をあげる。何事かと思って地図の前に立つ播本の傍へ寄ると、にんまりとした笑顔で


「冬みっけ! 」


と指を差す。それを辿ると——「ラーメン店」の文字。境内案内図の中に、異彩を放つ「ラーメン店」。誰かのお腹がくう、と鳴った。


「えー……じゃあ、昼時だし。ラーメン食べて、それから古墳群行くか。」

「賛成っ賛成―! 」


そんな先輩二人を見ながら、そういえば石田堤、見つからなかったな、とぼんやり考える観月だった。

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