第3話 帰り道
今日は三日目。「気を確かに」の探索最終日の朝だ。観月とちづきはゆったりと支度を整え、身支度をした。荷物は昨日の夜に大体片付けておいたから、何も気にせずゆっくり過ごせる。
「はぁ———帰りたくなぁい。どうしても帰るってんなら、ベッドごと運んでくれぇい。」
「そんな無茶な。」
ちづきはこのふかふかな布団を名残惜しそうにしている。やはり快適な睡眠からは逃れがたいようだ。
取り合えずちづきは放っておくとして、スマートフォンの画面を操作する。部屋から見た景色を撮っておこうと思ったのだ。するとふと、ラインの着信を知らせるランプが点滅していることに気がつく。なんだろう?そう思いラインをあけると、母から家の猫の写真が送られて来ていた。よくもまぁ、こんなカメラ目線な写真が撮れたものだ。ハートのスタンプと、窓からの景色の写真を送っておく。京都タワーと、山なみを切り取った写真。京都から、情緒のおすそ分け。
「観月、そろそろ行かないとだよ。」
「はいはーい。」
「何してたの?彼氏にライン?」
「違うよ、親にラインしてたの。彼氏なんかいないし!…それでこんな写真送られてきてさー。」
「へ?そーなの?…ってうっわ超可愛い‼なにこれお目目くりっくりのカメラ目線じゃん!美人さんね~!」
そんな話をしている間にロビーへ着いてしまう。すると恩田と播本がすでに荷物も預け終わったようで、身軽な恰好でそこにいた。
「おはようございます先輩、早いですね。」機械を操作してチェックアウトを済ませる。
「ん、そうねー。こいつが『京都の冬の朝は見なければ!』とか言って随分な早寝早起きしてたからつられてさあ。」ふわあ、とあくびがこぼれる。
「あ!わかりました~。それって、『枕草子』ですね?冬はつとめて!」
「そうだ、一日早く思いついていればまさしくその情景が楽しめたろうに……失敗した。」
「失敗したじゃないわよ……ふぁあ。夜九時に寝て朝四時に起きるのに付き合わされた方の身にもなってくれる?」
なるほど、恩田先輩の言い分も播本先輩の言い分もよくわかる。
確かに情緒ある趣は味わいたい。それも本場に近くであるほど強く願うのは当然だ。しかし半強制的に付き合わされるのもなかなかしんどいものだ。
……まあ、もう何というかお疲れ様ですとしか言いようがない。あと言うのであれば……ご馳走様です?
「先輩、チェックアウトと荷物のお預け済みました!」
「よし、じゃあ行くか……京都国立博物館、略して京博と、豊国神社へ!」
「よおーっし、気合入れていくよっ。」
そう、本日は京都探索……もとい旅行最終日である。この日は何が何でも京博へ行こうと決めていたのだった。少しでも時間を多く作るためにお土産品も昨日先回りして買っておいたし、準備万端だ。昨日とは変わって、天候もよい。これなら周りやすそうだ。
また、本日の案内役は播本先輩が務めてくれるらしい。
「もう恩田君じゃあ不安だからね」
との言の通り、地図を見ながら歩く播本の足はしっかりとした足取りを刻んでいる。
この京都駅から京博までは凡そ二十五分ほどのようだった。案外遠くはなさそうかつほぼ一本道と言うことで漸く安心して歩いていられる。
その探索のさなか、何かないかときょろきょろと周りを伺っていると、「高瀬川」という標識が前方に見えてきた。
「え、高瀬川……⁉高瀬って、あの作品の?」
「だよねそれしかないよね⁉」
「き、きっとそうだよ‼すっごおい‼」
思わず観月は駆け寄った。始めは授業で習った、あの切ない物語。それに登場する川が、こんなところにあったなんて!それも、意図せずに出会えるとは。なんということだろう、なんという奇跡だろう!昨日ついてなかったのはこのためだったと言われれば許せてしまう‼
「ああ……ここの川を下って行ったの……?きっと下からの眺めは綺麗だよね、黄色い果実が実を垂らし赤く小ぶりな実もたわわに実っていて……きっと最高の眺めが拝める、すごい、素晴らしい……とても流刑にあう人が通る場所とは思えない……。」
「観月、観月!『気を確かに』!」
「……はっっ!」
しまった。あまりの感動にトリップしていた。ここは危険だ……ああ、でも離れがたい。何度も読んだあの物語の川がここにある!
「観月。写真撮ってあげるよ。ほら、どこで撮りたい?」
「えっ、ちづき、いいの⁉」
「もちろんだよ!ほらほら、どうするの?」
「え、えーと、えーと……!」
ここで妥協はできない。日当たりは——右から。うん、丁度赤い実が実るその木がうまいことフレームに色を添えてくれそうだ。日当たり良し、差し色良し!川もばっちり写るベストポジション見つけた‼
そうして場所を決めて、ちづきに撮ってもらった。しかも三枚ほど。そこでふと、一人の写真しかとっていないことに気が付き、
「ねえ。ちづきも撮ろうよ。一緒に写らない?」と提案してみた。
「わ、私⁉もちろんいいよ‼あっ播本先輩お願いしますっでもちょっと待ってください、前髪直します!」
わたわたと準備をするちづきは女子らしく可愛らしい。自分も少しは女子力つけないとなー……そう思っていると、「観月ちゃん、できた!」との声がかかった。
「はいっ、撮るよー。はいっチーズ!」
ぱしゃり。ぱしゃり。ぱしゃり。何枚か数えるのが面倒になってきたころ撮影は終わった。「私たちのも撮ってー!」という播本にカメラを向ける。川と二人の大切な先輩と、果実。とてもいい絵だ。……とても。気が付いたら五枚ほど撮っていた。
「ち、ちづきごめんっ撮りすぎた!」
「だいじょぶだよー!ちゃんとこの探索用に容量空けてきたし!」
快く許してくれた。良かった……これでフォルダがいっぱいになってしまっては申し訳ない。
流石にもう移動した方がいいということになり一行は進む。七条の川を渡り。「あっ、お正月に聞くやつ流れてる!すごーい」などと言いながら七条駅の出入り口を通り過ぎ。ずんずん歩いて珍しいレストランに目を奪われ。そうして辿り着くは——豊国神社。
「わー……博物館の真横に神社があるんだ。」ちづきが物珍しそうに言っている。
とりあえずは参拝を済ませ、記念にと絵馬を奉納する。可愛らしいひょうたんの形をした絵馬だ。各々願い事を書いて収める。願い事がかないますように、と再び本殿と秀吉像を拝んで、宝物殿へ訪ねた。秀吉公ゆかりの品々を鑑賞し、いざ御朱印へ。授与所へ行き依頼をする。全員渡し終えてのんびりとベンチで座っているその時。
「……あ。」
「どうしたんですか、恩田先輩。」
「……俺やっちまったわ。」
「何やらかしたのよ。」
「ここは秀吉公を祀る神社。それは良いな。」
「うん。」
「でも俺の持ってる朱印張は、………、日光東照宮のものだ。」
どうしよう、出しちゃった。そういう恩田先輩はずっと口が半開きで下がり眉である。実に珍しい光景だった。
「そんなこと社務所の人は気にしないわよもー!もう出しちゃったなら仕方ないでしょ、くよくよしてないで。」
「……うん……。」
……なんだかすごく珍しいものを見ている気がする。まるで夫婦のような息遣いだ。そんなことを思う事自体にも不思議に思っていると、御朱印帳が書き上がったらしい。受け取り、隣接する京博へ、いざ。
どきどきしながら敷地内へ入ると、そこはまるで美術館のように美しい造形だった。噴水が設けられ、館の周りには薄く水が湛えられている。半ば見惚れながら入館した。
内装も見事なものだった。シックな白黒の作りで鑑賞の妨げにならない。照明も比較的暗い方で、焼き物や仏像を見事に美しく照らし出す。皆言葉少なく鑑賞して退館してきた。
「……いっやあ……つかれたね……。」
「はい……疲れました……。」
「なんだろう、連日のつかれた脳にラストで打撃来た感じがする。」
「それです!」
「いやあ、それにしてももう歩く気力ないな……。」
ちらりと恩田が三人を振り返る。すると播本が宣言した。
「歩きが辛いなら、バスを使えばいいじゃない!」
そんなこんなでタイミングよくついたバスへ飛び乗り、現金オンリーなことに気が付き慌てて小銭の両替をし合い準備を整え、なんとか京都駅へと戻ってきた一行だった。
あとは荷物を受け取って、新幹線で帰るのみ——……。そう思うと、この二日三日で見慣れたと思った駅前の景色も途端に惜しくなる。ゆっくり歩いて、荷物を受け取りに滞在していたホテルへ向かう。
帰りの新幹線はやはり、全員疲れがたたって居眠りをしていた。京都から東京まで。見るものも、歴史的遺物から現実へ。まるでタイムスリップしたかのような錯覚に襲われたほどである。
こうして、我ら歴史探索サークル「気を確かに」の初回遠出探索は幕を下ろしたのだった。
さて。今回のことは冊子にまとめて、大学の文化祭で出そう。主観や解説、考察を交えればきっとオリジナリティのあるいい本が作れるだろう。
……第二弾はどうしようか。このメンバーでまた行くにはもう少し近場がいいかな。そんなことを話しながら帰る観月とちづきだった。
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