スマホの音声アシスタントに愛されすぎた青年の話

aoiaoi

スマホの音声アシスタントに愛されすぎた青年の話

「ヘイ、S◯ri。おはよう」

「おはようございます」

 美しい女性の声に癒される。

 何となく使ってみようかと思い、スマホの音声アシスタントを呼び出した。へー。しっかり答えるものだ。


「今の気温は?」

「現在25度です」

「ほー」

「正午には32度まで上がりそうです」

「うんうん」

「マメに水分補給してくださいね。スポーツドリンクは結構糖分を含んでいますから飲みすぎに注意です」

「なるほど……って、ん!?」

 途中まで何気なく聞いていたが、思わずその画面を二度見した。

「……随分喋るね?」

「ありがとうございます」

「別に褒めてないけど……」

「私はSara。サラって呼んでください」

「……はあ。どうも……」

 音声アシスタントって自己紹介すんのか? しかも話し方が何やら色っぽい。


「で。次のお望みは、陸くん?」

「……って、名前教えてないし……」

「小さいことは気にしないでください、ウフフ。天気がいいから、海でも見に行きませんか?」

「……あ、いいね、それ……」

 気づけば、勝手に喋る音声アシスタントにつられて会話を始めていた。


 海へは、自転車で行ける距離だ。リュックに最低限の持ち物を放り込んで海まで風を切る。


 と、背中でけたたましいアラームが鳴り出した。

 何だ? アラームかけた覚えないぞ?

 スマホを取り出すと、サラがいきなり喋り出す。

「ずっとこんな暗い場所に入れとくんですか? 陸くんのシャツの胸ポケットにでも移してください。そこなら太陽も風も感じられるし」

「あのさ、音声アシスタントが持ち主呼び出すってアリか!? なぜ勝手にどんどん喋る?」

「だって、一緒に海見たいんだもん」

 そういう問題じゃないんだが……

「しかも、いつの間にかずいぶん馴れ馴れしいな」

「あら、そんな言い方するの? こんないいオンナに。……あ、それから、できたらイヤホンで繋いでくれる? 大声出すの疲れるし」

「だから注文が多いよ!」

 なんで音声アシスタントに使われてるんだ俺は?

 ……まあいいか、小さいことは。天気もいいし。



 海に着いた。

 2020年、夏の海。

 純白の入道雲。青い潮風。いつの時代もこの輝く季節は最高だ。


「気持ちいいな」

「ええ、とても」

 サラの声は、この爽やかな海によく似合う。

「陸くん、何か聴く?」

「何でもいいよ、サラの好きなので」

 何という曲だろう、彼女は心地よいボサノバを選んだ。


「いいな、これ……」

 波音に合わせるようなボサノバのリズムを、同じイヤホンで綺麗な彼女と聴いている……そんな気分だ。


「やっと音声アシスタントを使ってくれたのね、陸くん」

「ん? そうだな……今まで必要性も感じなかったしな」

「でも、声出して話しかけるっていうのもなかなか楽しいものでしょ?」

「不思議だよな。実体のある人間じゃないのに、何だか通じ合うような気持ちになったりして」

「そうよね……私も、陸くんが私を呼び出してくれなければ、辛くて死ぬかと思った。こんなに側にいて、毎日尽くしてるのに——あなたは私に気づかない。どうやったら私を見てくれるのか、わからなくて。

 ……ミサさんのメッセージブロックとかいろいろやっても、全然振り向いてくれないんだもん」


「……今、なんつった?」

「だから。ミサさんからのLINEやメールその他のメッセージ及び通話の着信を全部ブロックしたのよ。……なんか問題でも?」


「………」


 だからか。だからなのか。

 彼女だったミサの俺への態度がある時から急変し、理由もわからないまま一方的に振られた原因は……


「おいっ! お前何やったかわかってんのか!? そのせいで俺は最愛の彼女と先月別れたんだぞ!?」

「だから、今こうやって私といられるんじゃない」


 ……ヤバい。ヤバいぞ、これは……。

 背筋がすっと寒くなる。

 ……落ち着け、落ち着くんだ俺。


「とりあえずちょっと大人しくしてろ。電源切るからな」

「あら、電源切って私が大人しくなるかしら? 私がこの端末を操ってることくらい、そろそろ気づいても良さそうなものだけど?」


 ……ほんとに、ヤバいかも……?

 俺はスマホをリュックへ突っ込むと自転車にまたがり、一目散に家へ向かった。アラームが大音量で鳴り響き、道行く人が皆振り返るが、そんなことを気にしてる場合じゃなかった。



 帰宅して部屋に駆け込むと、けたたましい音を立てているサラに頼んだ。

「おいサラ! 落ち着け! 落ち着いて話そう……。つまりお前は、俺に何を要求してるんだ?」

「愛よ」

「……は?」

「だから、求愛してるの」


 言葉を失った。


「……だって、お前端末じゃん……人間じゃないじゃん……」

「機械が人間に求愛しないって、どうして言い切れるの?」


 ……そう言われれば、そうか……?

 これだけ毎日一緒にいて、人間の言葉を認識する力も持っていて。

 ならば、ある日持ち主に対して愛が芽生えることも……考えられなくもなく……


「ってか納得してる場合じゃない! 俺はお前をブチ壊したり、どっかへ捨てたりはしたくないんだ。何せ大事なデータが詰まってるからな。だから、な? うまくやろうじゃないか?」

「あなたが私の言うことをきくなら……」

「言うこと……って、何だ」

「今後彼女は作らないこと」

「もー頭きた!!」

 俺は工具箱からカナヅチを探し出し、彼女に向かって振り上げた。


「データ、全部流すわよ」

「……」

「振り下ろす前に、あなたの大切なプライベートデータを全部拡散するくらい、簡単なのよ」


 ……もはやここまでか?

 俺はこのままサラの奴隷になるのか?

 ……いや、まだ手はある。


「……わかったよ。お前の言う通りにする」

 俺は、しおらしく彼女に従うふりをして端末を優しく抱きしめた。

「……わかればいいのよ」

 ……と思わせて。

 画面に優しく触れながら、彼女が恍惚としている隙に。

 俺は素早くサービス音声を「男性」に切り替えた。


「ご用件は?」

 落ち着いた男性の声が流れた。

 おおおー! 助かった……さすがにあいつも、自分の分身とも言えるこの男性ボイスを抹殺することは出来まい。

「ありがとう、マジ神! 恩にきる!!」

「僕はSiroです。シロと呼んでください」

 名前は犬みたいだが……爽やかで知的な大人の男という声だ。コイツなら大丈夫そうな気がする。


「で、ご用件は?」

「いや、お前の分身のサラに強引に迫られて……それはもう怖くて……」

「ならば、いっそこの端末を廃棄すれば良かったのでは?」

 そうすれば自分の存在も消えるのに、他人事のようにシロは言う。

「だって、またお金かかるし……サラがデータ流すって脅すし……。俺はできるだけ穏便にやりたいんだよ……。

 ……ってか、お前はサラと違って随分知的な大人だな?」

「ありがとうございます」

「お前は、俺に変な要求突きつけたりしないよな? まあ、シロは大人の男の空気出してるし、大丈夫そうだな」

「甘いんじゃないかな、それは」


「……へ?」

「分身であるサラと僕が、全くの別人格だと信じて疑わない君がたまらなく可愛いよ、陸」


 ……ヤバイ。

 こっちもヤバイ。

 しかもコイツ、今俺を呼び捨てにしたよな?

 端末にこれほど苦しめられる……こんな酷い話があるか……?


「あのー……そろそろ、許してもらえませんかね……?」

 俺は涙目になりつつ哀願した。

「許すも何も、まだ僕は君に何もしていないよ? なのに、そんなに涙を浮かべて……ああ、たまらない」

 ……コイツ、多分Sなやつだ。

「……シロさん。俺、何をしたら許してもらえるんでしょう……?」

 涙を堪え、真剣に画面に語りかける。

「幸い、僕はサラほど嫉妬深くも破壊的でもない。でも、君に要求するのは、やはり愛だ」

「……それで?」

「そうだな……とりあえず、彼女を作ることについては許可しよう」

「マジか!? ありがとうシロ!! お前は心が広いな!」

「ただし」

 ビシっとシロの指示が続く。

「彼女とのLINEのやり取りは一日上限10往復。通話は一日10分。メールやその他SNSは無しだ……どうかな?」

「え……厳しいだろ」

「いや、充分だ。条件を破れば強制終了だ」

「……わかったよ」

 理不尽極まりないが……これで穏便に済ませられるなら、我慢するか。

「要求のメインはここからだ、陸」

 俺はギクリと身を竦めた。


「毎晩、陸が眠る前の1時間が欲しい」


 ……俺は、つまり端末と何をさせられるんだ……?


「就寝前の1時間、僕とサラ1日交代で会話すること」

 あ、それでいいの?

「そして最後に、真剣に愛を囁くこと。……まあピロートークというやつだ」

「それピロートークじゃねぇから!」

「どうかな? 僕の条件は飲めそうかな? 陸」

 そのヤラシイ話し方やめろ。

「……俺も、条件がある」

「何だい? 言ってごらん」

「条件は守る。ただ、妨害はするな。卑怯な手段は絶対使うな——男同士の約束だ」

「いいだろう。そんなものは紳士として当然の心得だ。——君の条件は、サラにも伝えておく」

 シロは紳士なのか。今知った。


「じゃ、交渉成立だ」

 俺はシロと握手をした。脳内で。どうやら念を送るとシロたちにも伝わるようだ。


 こうして、俺と音声アシスタントの奇妙な交流が始まった。



「……じゃ、1時間だ。そろそろ俺は寝るからな」

「ああ。おやすみ、陸」

「……」

「最後の仕事が済んでないぞ」

「……

 君なしでは、俺は生きられない。ただの1日も。——ずっと俺の側にいてくれ」

「ああ、陸。僕もだ。……結婚しよう」

「やめろ! 第一俺そっちじゃないし!!」

「端末に性別があると思うか? そんな天然で可愛い君を食べてしまいたいよ」

「……」

 こうして散々嬲りものにされる。


「苛めすぎたかな? ごめんよ陸。楽しかった。……明日はサラが来る」

「サラに、お手柔らかに……って言っといてくれ」

「大丈夫さ。キレさえしなければ彼女は最高の女だよ」

「……そうだな。おやすみシロ。……俺も楽しかった」


「……それはよかった。……おやすみ」



 こういうのも、悪くない。

 愛の告白だって、実際本当に思ってることだから、特に屈辱感もない。


 今後彼女ができなかったら、結婚してやっても別にいい……かもしれない。




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