【15-9】父娘

【第15章 登場人物】

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【地図】ヴァナヘイム国 (13章修正)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330651819936625

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関堤せきていだけでなく、周辺の砦まで解体を始めていると聞いたが……」


 帝国暦384年2月下旬、先任参謀・セラ=レイスは、総司令官・ズフタフ=アトロンの宿舎へ、始業前から呼び出されていた。


 帝国軍が関所とともに砦の破却まで進めているとの情報が、総司令官の耳に入ったようだ。相変わらずと口ひげを動かす老将のしゃべり声は、どうにも聞き取りにくい。


【15-3】散歩 上

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 ノーアトゥーンに進駐した帝国軍は、中央礼拝堂だけでなく、ヴァナヘイム国の有力領主の邸宅も接収した。


 ストレンド郊外の戦いで行方不明になったヴァ軍・ベルマン中将の屋敷に、帝国東征軍・ブレゴン中将が止宿するなど、ヴァ国の旧領主邸は帝国の将官用宿舎とされたのである。


 同じくストレンドで戦死したブリリオート少将の私邸は、このアトロン大将の宿舎とされていた。


【13-21】悲報

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 しかし、老司令官は、屋敷内にあった豪奢な家具や寝具を一部屋に押し込めてしまうと、野戦で用いていた事務机や簡易ベッドを持ち込んでいる。


 服装も常に薄汚れた軍服をまとい、有事の際に備えているそうだ。


 彼の生真面目さは嫌いではないが、自らもそれを実行しようという殊勝さは、レイスにはない。



 それにしても、旧持ち主の華美な壁紙やカーテンそれに照明は、機能の必要性から残されており、現持ち主の野暮ったい机や椅子それに書棚とは、とにかくバランスが悪い。


 紅髪の青年将校は、室内を彷徨さまよわせていた視線を上官の顔に戻した。


 白髭の老司令官は、きしむ椅子に姿勢正しく坐したまま、部下の目をまっすぐ見据えてくる。


 どうやらこの総司令官は、和議の条件にはない砦破壊の黒幕が、先任参謀であることに気付いているようだった。


 レイスの姑息なやり方は、アトロンの騎士道と相容れないのだろう。


【14-26】和議締結 《第14章終》

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「手違いであると思われますので、至急、担当部署に確認し、しかるべき対応を致します」


「……」


 

 必要以上にうやうやしく敬礼をすると、レイスは老将軍から視線を逸らした。そして、この調度品の意匠や質が不均衡な総司令官私室を、足早に辞したのである。




 室外には、キイルタ=トラフが待っていた。


「お疲れさまでした」

 この美しい副官は、研ぎ澄まされた敬礼をする。


「やれやれ、老人の説教など、朝から聞きたくないものだ」

 レイスは、大きく首を回した。まったく、父娘おやこ揃って融通が利かないなどと、ぼやいてしまう。


 確かに、今回の砦解体騒動のみならず、アトロン老将にはヴィムル河流域会戦の折、作戦発動を止められかけたことがある。


【2-6】欲面

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 確かに、レディ・アトロンとは、イエロヴェリル平原撤退の折、負傷者の処遇について意見が相容れなかった。


【8-16】遅々として

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 だが、それらの出来事も含めて、レイスは総司令官を敬っており、戦死した女連隊長を慕っていた。


 彼のもっとも近くで過ごしてきた副官のトラフは、そのことを十分に心得ているようだった。灰色の瞳にやや柔らかな色を浮かべて、上官のぼやきを聞き流すほどに。


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【6-13】対局 下

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 だからこそ、彼女は念のため確認だけはしてくる。

「形だけでも対応いたしますか」


「不要だ。ヴァナヘイムのヤツらが立ち上がるまで、このまま『手違い』で押し通す」

 レイスは力強く軍靴を進めながら、振り向かずに言い捨てた。





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


レイスはアトロン父娘のことを敬っており、そんな上官をトラフは慕っている――良い上下関係だな、と思われた方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758


レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「良識人 上」お楽しみに。


「このまま、この国が蹂躙じゅうりんされるのを、座して見ているわけにはいきません」

「フロージ様、是非、我々とともに立ち上がってください」


「ワシは、軍事面においては素人だ」

所領持ちの貴族大臣とは異なり、フロージは領民も兵馬も所有はしていない――これまで何度も繰り返された議論であった。

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