【15-8】生存欲

【第15章 登場人物】

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【地図】ヴァナヘイム国 (13章修正)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330651819936625

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 休憩明けも帝国軍総司令部では、ヴァナヘイム軍・元総司令官の処遇について、議論が続いていた。


「ミーミルの消息がつかめぬ以上、ヴァナヘイム軍の保有兵馬数をさらに絞った方が良いのではないか」


「さよう、万が一ということもありうる」


 シェイ=グラフ少将をはじめ意見を述べる将軍たちは、いつの間にか生存欲を出世欲で隠しきれなくなっている。



 そんな彼らへ、冷や水を浴びせるように口を開いたのは、先任参謀・セラ=レイス中佐であった。

「ミーミルなど、もはや打ち捨てておいても、さしたる問題はありません」


 将官が議論をしているさなかに、佐官が発言を許されるはずはないが、この背の高い紅毛は、元来そんな風習に頓着とんちゃくしない。


 何より、彼はノーアトゥーン入城における最大の功労者であった。彼をみ嫌う将官たちも、その功績は認めざるをえない。



 しかし、この若造の鼻にかけるような物言いは、相変わらずうとましい。


「何を言うか、れ者め」


「そうだ、敵の残存勢力がミーミルを担ぎあげたら、どうするつもりだ」


 コナン=モアナ准将などは、頭皮と同じく心うちも隠そうとはしなかった。


 この禿頭准将を皮切りに、生存本能に忠実な発言が、異口同音にして紅髪の先任参謀へ注がれる。


 名誉欲や出世欲は、生存欲の隠れみの――先ほど上官が耳をさすりながら言っていたとおりだと、トラフは感心する。


【15-7】人探し 下

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 しかし、当の本人は目を閉じ、耳の穴を小指でほじったまま、批判の声もどこ吹く風といった体でやり過ごしている。


「願ってもないことです……」


 レイスは小指に息を吹きかけるや、そのあおい両目を、次いで口を開く。


ミーミルやっこさんが敵の残存兵力を糾合させるならば、手間が省けるというもの」

 ヴァナヘイム国中に、敵の残党が乱立してしまった時こそ厄介なのだ、と紅毛の先任参謀は言う。


 帝国軍がいくら薙ぎ払っても、散りつつ再びたかってくるハエのように、各所でゲリラ戦を繰り広げられたら、始末に負えない、と。


 ミーミルという磁石に砂鉄が集まっていた方が、対処ははるかに楽なのだ、と。



「しかし、ふたたびミーミルにまとまった戦力を持たせてみろ……」


「そうだ、誰もミーミルを打ち破ることはできなかったのだぞ」


 将官たちの声が震えている。レイスは鼻を鳴らした。


 そんなこたぁ知ってるよ。揃いも揃ってミーミルやっこさんに手玉に取られやがって。


 どいつもこいつも正面(渓谷)を突破できなかったからこそ、俺が背後(王都)を獲ってやったんじゃねぇか。


 そのおかげで、お前等はこうして、王都でふんぞり返っていられるんだろうが。



 ――こんな塩梅あんばいかしら。

 上官の鼻息成分――先任参謀の胸のうちを、トラフは勝手に推測していた。



 彼女はその灰色の瞳で、礼拝堂内をざっと見回す。


 軍議の端席4つを占めるブランチ少将父子(父親と3兄弟)は、葬式のように静まり返っている。


 ただでさえ夜戦は兵馬を用いるに難しいというに、なまじ複雑な作戦を立てて、ことごとくミーミルに裏をかかれた。悔やんでも失った将兵は戻ってこない。



 参謀部の指示に背き、ミーミル撃破の好機を逸したルーカー中将は、穴があったら入りたいのだろう。


 頭というスコップで足下を穿ほじりそうなくらい、項垂うなだれている。ごてごてと身に着けた飾りも、色せて見えた。

 


 ヴァナヘイム軍の不穏分子がミーミルという御輿みこしを担ぎ出した場合――軍議の席に集った将校たちにとっては想像しうるなかでも最悪の事態だが、紅髪の先任参謀の視野には違う風景が映っているらしい。


「最初から我々がそれに対処する必要はないのです……」

 ヴァナヘイム国には、収穫した穀物をエーシル神に供える前に、台車に乗せて町中を練り歩く風習がある。


 ここで、レイスの思考の肝が開陳された。


 彼の高調子な声は、礼拝堂の高い天井に心地よく響き、各将軍の耳もとに届いていく。


 いつの間にか、不遜な若者がつまびらかにする思考に、この場にいる誰もが飲み込まれていった。


「……ミーミルの身柄を差し出さないのであれば、それも大いに結構。ヴァナヘイム審議会を、散々揺さぶってやりましょう」

 レイスは、思考の展開をこのように結んだ。


 聴く者に、その長さをまったく感じさせないものだった。


 もはや紅毛の上官は、帝国東征軍の頭脳そのものとなっている。


 彼の背後に立つ黒毛の女性副官は、はやる内心を押しとどめ、さして感じ入ることもなさそうな表情を維持するのに苦慮していた。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


いったい、レイスはどこまで見通しているのか――トラフと共に感動を覚えられた方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758


レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「父娘おやこ」お楽しみに。


関堤せきていだけでなく、周辺の砦まで解体を始めていると聞いたが……」


帝国暦384年2月下旬のある日、先任参謀・セラ=レイスは、総司令官・ズフタフ=アトロンの宿舎へ、始業前から呼び出されていた。


どうやらこの総司令官は、和議の条件にはない砦破壊の黒幕が、先任参謀であることに気付いているようだった。


レイスの姑息なやり方は、アトロンの騎士道と相容れないのだろう。

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