【15-7】人探し 下

【第15章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816927859351793970

【地図】ヴァナヘイム国 (13章修正)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330651819936625

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 軍議の合間の休憩は、続いている。


「もし、ミーミルを捕まえることができたら、きっと恩賞・昇進は思いのままだな」

 レイスは、ニヤつきながら、部下たちをけしかけている。


「思いのままですか!?」


「おう、なんつってもミーミルだからな」


「2階級特進も夢ではないですかね」


「ああ、ミーミルなら、朝飯前だ」


 本気で考え込むゴウラをおしのけるようにして、レクレナが伸び上がる。

「やったぁ、あたし大尉ですねー」


「お、おお、ミーミルなら楽勝だろう」


「そしたら、あたしを副長にしてもらえますかぁ?」


「お……ミーミルでも、それはどうかな」


 レクレナの距離はいよいよ近い。上官に鼻息が届きそうな距離である。


 細身な女少尉から逃れるように、レイスはその長い背中を反らす。だが、彼女もを辞さない。



「……」

 見かねたトラフが立ち上がった時だった。


 間近に迫った蜂蜜色の頭越しに指を指して、突然レイスが叫ぶ。

「あ!あそこを見ろ!ミーミルやっこさんらしい姿を見つけたぞ!」


「えっ?」


「へっ?」


「本当にいた!?」

 紅毛の上官の発声に、参謀たちは飛び上がるようにして一斉に反応する。


「あの黒い頭の男だ!」


「ど、どこですか?」


 背の高い上官だから、見えているのだろうか。


 レクレナは、つま先立ちになる。姿勢が安定せず、蜂蜜色のボブヘアが小刻みに揺れる。

「く、黒?黒髪ですかぁ!?」


「ほら、あの背の高い男だ。幕舎の向こうに行ってしまうっ」


 方位磁石――白手袋をはめた上官の指先――だけを頼りに、ゴウラたちが駆け出していく。


 しかし、が狂っているようだ。


 彼らが振り返るたびに、上官の示す方角はコロコロと変わり、彼らも右往左往するばかりだ。



 あっちだ、こっちだ――指を差しながら、レイスは次第に笑いがこらえられなくなっていく。


 ジト目の副官がかたわらに立ったことにも気が付いていないようだ。ついには、呵々かかと腹を抱えはじめた。


「敵総司令官の身長は168センチ。髪の色は、黒ではなく黒鳶色ダークブラウンです」

 副官の落ち着いた声をとらえたレイスの右耳は、直後に激痛を伝えているはずだ。


「休憩時間は、間もなく終わりです」

と言うなり、トラフは上官の耳を引っ張り、その軍靴を礼拝堂に向けて進めていく。



 レイスは引きずられながら、握力の緩和を弱々しく訴えてくる。


 先任参謀主従の珍妙な様子を、ロビー=フォイル准将など帝国軍将校たちが、驚いた様子で見やる。


 そうした視線に気が付いたのだろう、レイスは腕を組み、冷静さを取り繕い始めた。ただし、かに歩きしながらなので、その誤魔化しがどれほどの効果をもたらすのか、はなはだ疑問ではあるが。


 片耳を軸に牽引されながらも、レイスは落ち着き払った様子で口を開く。

「名誉欲は、表向きなものに過ぎないのさ」


「……?」

 上官の真面目な物言いに、副官は足を止めた。



 アルベルト=ミーミルといういち個人の存在が刺激しているのは、「名誉欲」もさることながら、その実は「生存欲」なのだ、とレイスは言う。


 帝国軍将校にとって、敵総司令官は純軍事上、畏怖いふの存在そのものであり、それを名誉欲や出世欲でごまかしているのだという。


 戦場で将官クラスが「死」を間近に感じることなど、そうそうには起こりえない。


 ブレギアのラヴァーダ宰相にも、帝国軍は負けが込んでいるが、連隊長クラスが戦死したという記録はほとんどなく、まして師団長クラスが傷を負ったという記録など一切ない。



 一方、ヴァナヘイムのミーミル大将を相手にするには、常に恐怖がつきまとった。


 ヴィムル河流域では、イース少将は汚物を垂れ流して逃げ延びた。


 イエロヴェリル平原では、総司令官の一人娘・アトロン大佐が戦死し、ビレー中将は愛人も捨てて逃走した。


 闇夜に一族各隊で演じてしまった同士討ちを前に、ブランチ少将は鎮める手段も見つからず、絶望に打ちひしがれた。


 あまりにも速い布陣改めについていけず、ルーカー中将は自陣とともにプライドまでズタズタにされた。


 炎に包まれた城下を熱暑・悪寒併せて汗まみれで逃げ回った挙句、ようやく見つけた脱出口で、モアナ准将は銃弾のシャワーを浴びせられた。



 東征軍の将校たちは、さぞや恐怖のどん底に突き落とされたことだろう。


 黒毛の副官は、紅毛の上官の耳から手を離した。


「将軍たちは、口では勇ましいことを述べているが、我が軍を散々苦しめ悩ませた敵将を捕縛せねば、枕を高くして寝られないというのが本音なのさ」


 レイスは右耳をさすりながら、口を閉じた。





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


レイスは将軍たちの心理まで見通しているな、と思われた方

🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758


トラフたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「生存欲」お楽しみに。


冷や水を浴びせるように口を開いたのは、先任参謀・セラ=レイス中佐であった。

「ミーミルなど、もはや打ち捨てておいても、さしたる問題はありません」


この若造の鼻にかけるような物言いは、相変わらずうとましい。


「何を言うか、痴しれ者め」

「そうだ、敵の残存勢力がミーミルを担ぎあげたら、どうするつもりだ」

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