【14-26】和議締結 《第14章終》

【第14章 登場人物】

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【地図】ヴァナヘイム国 (13章修正)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330651819936625

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「よろしかったのですか」

 キイルタ=トラフは、上官・セラ=レイスに念を押した。


 彼女は、王都進駐を機にヴァナヘイム国の軍事・内政を一挙に掌握しょうあくすべきだと上申していた。


 帝国東岸領に巣食う狐面の大将一派――ブリクリウ派閥――対策の観点からも、アトロン老将派閥の基盤を固めは、ノーアトゥーン入り後に取り組むべきだろう。


 しかし、紅毛の上官は「時期尚早」と、珍しく副官からの提案を採り上げなかった。


「ヴァナヘイムを併呑へいどんするには、東征軍の兵力ではまったく足りんよ。焦らずとも時間が俺らの後押しになってくれるさ」


 そう言うと、レイスは握っていた銀時計を懐中にしまった。



「それより、関堤解体の件、ただちに取りかかれるように準備しておいてくれ」


「かしこまりました。周辺の砦も?」


 一呼吸置いて、レイスは自信と愛嬌をないまぜた、いつもの笑みを口の端に浮かべる。

「……ああ、ということにして、すべて取り壊してしまえ」

 


***



 帝国暦384年1月29日、ヴァナヘイム領民による敵意と畏怖いふの視線を受けながら、帝国軍は王都・ノーアトゥーンに入城した。


 翌日、底冷えする水の庭園にて、帝国・ヴァナヘイム国両国の和議締結の式典が執り行われた。


 城内では、首元から崩れ落ちた西の塔や、崩落した宮殿の外壁などの残骸が散乱していたものの、園内だけは掃き清められている。


 8カ月ほど前、アルベルト=ミーミルが大将に任命されたこの庭園には、総司令官・ズフタフ=アトロン大将以下、帝国軍将官が居並び、礼装集団として他を圧していた。


【4-11】任命式 再び

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 中央の通路を挟んで反対側には、ヴァナヘイム国の為政者たちが――1人を除いて――しおれたように立ち並んでいる。その1人の他は、みな歳若い。



 庭園の後方には、各国新聞の記者席も設けられていた。そこで、フラッシュが一斉に焚かれ始める。


 記者たちの閃光粉が舞い、帝国の軍楽隊が荘厳な楽曲を奏でるなか、ヴァナヘイム国王・アス=ヴァナヘイム=ヘーニルが、危なげな歩調で進んでいく。


 服装こそ豪奢ごうしゃなれど、その力なき前傾姿勢は、足に鎖を付けられたいにしえの奴隷そのものであった。



 水の庭園――その名のとおり、ここには小川が流れていたはずだった。しかし、この国王が丹精込めて造り上げた作品は、いまや枯れている。


 通路の先、演壇の前にテーブルが置かれ、その上に書面が広げられていた。そこには、和議の条件・七カ条が列記されている。


 さらに、それらの脇には、帝国東岸領・帝室庁分室から派遣された儀典官一行が立ち並び、ヴァ国国王の到着を待っていた。


 ヘーニルの顔色は土気色を超え、限りなく灰色になっていた。この亡国の王は左右を帝国兵に支えられ、かろうじてテーブルの前まで進んだ。


 そこで儀礼用の豪奢な羽ペンを持たされ、うつろな目のまま署名をはじめる。己の存在を否定する制約書に。



 震えた筆跡が、「アス=ヴァナヘイ……」まで来たところで、文字がかすれた。


 そのまま国王は、テーブルにもたれかかってしまう。弾みで王冠が頭部からずり落ちる。


 ヘーニルは、インク壺にペンをひたす気力もないらしい。かたわらの儀典官の一人が、国王の右手ごとペン先を机上の小瓶に浸すと、そのまま筆記を完結させる。


 軍楽隊の音色が、ここぞとばかりに強まった。





第14章 完

※第15章に続きます。



【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


ヴァナヘイム国の為政者たちで1人、堂々とした人物――農務大臣・フロージ爺様を思い出された方、

ヴァナヘイム国王が哀れだと感じられた方、

🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758


ヘーニルたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回からは、第15章「祭りのあと」が始まります。


帝国に占領されたヴァナヘイム国民衆、武装解除に従ったミーミルたち、それらの行く末が描かれていきます。


お楽しみに!

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