【4-11】任命式 再び
【第4章 登場人物】
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2日後の5月12日早朝、ノーアトゥーン宮殿の中庭――通称「水の庭園」には、各部隊の将官たちが集められた。
彼らのなかには、迫りくる帝国軍を相手に守りを固めねばならず、代役を派遣する者も少なくなかった。
第3軍の司令官・オリアン少将は、先の退却戦の際に受けた戦傷の治りがはかばかしくなく、副将が代理として臨席していた。
また、暴漢によって重傷を負った軍務尚書・ヴィーザル元帥も自領で静養中であり、庭園に姿を見せていない。
一方で、前回の任命式とは異なり、ヴァナヘイム国・意思決定機関「審議会」の構成員たる各省庁の閣僚・次官、さらに代議士たちも召集されていた。
代議士とは、国内主要都市にて選挙にて選ばれた領民代表であり、一部は閣僚を任されている者もいる。
もっとも、それら審議会の構成員は、迫りくる帝国軍に恐れをなし、ギャラールほか北の諸都市へ逃亡した者も多かったが。
早朝特有の澄んだ空気の上には、灰色の雲が垂れこめていたが、時折、薄日が差すこともあった。
この庭園は、樹木・庭石の配置から水の流れまで、王室の粋を凝らした造りになっている。特に小川の流れは、現国王がこだわり抜いた「作品」であった。
国王・アス=ヴァナヘイム=ヘーニルは、政戦ともに優れぬ
また、酒色や女色にも大して興味を抱くこともなかったが、唯一、庭造りにだけは、若き頃より執着心を示したのである。
定刻を過ぎると、女侍従・レスクヴァ=フリーデルが王の到着を高らかに告げた。軍楽隊の演奏が庭園に鳴り響く。
ヘーニルは、緑地に金銀の刺繍をこらした外套をそのやせ細った身体にまとい、危なげな歩調で階段を登っていく。
壇上まで登った国王が、そこに設けられた女神エーシルの巨大な像にひざまずく。
すると、階下の臣下一同、主君に倣い、その場で一斉に左膝をつき、右手を左胸に当て、頭を下げる。荘厳な曲は静かに終息に向かっていく。
演奏が止まると、突如、国王は立ち上がるや、腰から剣を外し
剣身がにぶい光を反射する。
そのまま壇上中央まで進むと、そこに生けられていた花を一輪だけ
茎から斬り落とされた花弁が、片膝ついた将軍たちの前にひらひらと落ちる。
「よ、余は、この王都・ノーアトゥーンにて、踏みとどまる覚悟である。そ、そのためにはどのような辛苦にも耐えてみせよう」
壇下にて呆気にとられたままの将軍たちの前で、国王は続ける。
「こ、これより余の決定に不服な者は、この花のようになるものと、か、覚悟せよ」
ヘーニルは不慣れな手つきで、剣を鞘に戻した。そこへアルベルト=ミーミルが粛然と進んでいく。
「ミーミル!余の剣をそなたに授ける。お前は、こ、これより、総司令官として、全軍の指揮を執れ」
ミーミルは
「よ、よ、よいか、これよりミーミル大将の言葉は、余の言葉として心得よ」
「ははッ!」
一同は唱和し、再び頭を垂れた。軍楽隊が一斉に荘厳な音律を奏でる。
「……若造が分不相応な力を持ちおって」
第1師団長・アルヴァ=オーズ中将は、さすがに巨躯を屈ませたまま吐き捨てた。
「しかし、この庭園で正式に任官された以上、あの若造に従わぬことは、国王に逆らうことと同義になる」
隣で膝屈する第2師団長・エーミル=ベルマン中将は、壇上を見据えたまま小声で猛将を制した。
「む、むぅ……」
オーズは、声とも息とも分からぬものを、力なく洩らした。
【作者からのお願い】
この先も「航跡」は続いていきます。
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【予 告】
次回、「舌戦 上」お楽しみに。
「何を弱気な。必勝の信念なくして、どうして総司令官など務まりましょうか」
「それでは聞くが、どうして卿らは『必勝の信念』とやらを持ちながら、ここまで帝国軍に追い詰められたのか」
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