【6-13】対局 下

【第6章 登場人物】

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 エリウ=アトロンとセラ=レイス、両者の対局が続いている。


 手番が来るまで、レイスは盤の脇に置かれたの焼菓子をつまみ始める。トラフも上官のそれにならう。


 さすがは連隊指揮官であり、総司令官の娘である。備えられている菓子の質が自隊のものとはまるで違う。


 軍支給のコーヒー豆も、一番水を惜しげもなく使ってれられると、その風味が惹き立てられることを、トラフは知った。


 甘党の上官は、焼き菓子がとても気に入ったようだ。木の実をかじるリスのように、咀嚼そしゃくを続けている。


 静かな天幕内には、ポリポリカリカリという音だけが、いつまでも響く。この騒音のなか、思考をよく続けられるものだと、トラフは女連隊長殿に感心する。



 彼女は、紅毛の上官の掌中にある銀時計を一瞥いちべつする。長針が30分ほど経過したことを告げようとしたとき、ようやくレディ・アトロンの腕が動いた。


 長い思案の末に女連隊長が選んだ手は、自陣の前にうろうろしていたレイスのビショップを盤外に叩き落とすものだった。


 そこから、駒同士の激しい応酬が始まり、トラフは息を吞む。


 レディ・アトロンによる火を噴くような攻めも、紅髪の上官は気負うことなく受け流し切るつもりのようだ。


 時折、彼も攻撃の手を繰り出すが、それは細く頼りない。1手間違えればたちまち彼女の猛攻に押し流されてしまいそうである。


 レイスのギリギリの指し回しに気を揉んだトラフが、思わず盤上から視線を外す。その頃には、手元にあった菓子のほとんどが、彼の胃袋に消えていた。


 レディ・アトロンも盤をにらんだまま焼き菓子を摘まもうと手を伸ばす。だが、籠の中身が空であることに気付いたのだろう、彼女は形の良い眉を心もちひそめる。



 それから、小1時間が過ぎた頃だった。


 再び時刻を確認するためだろうか、レイスが懐に手を伸ばした時、レディ・アトロンは負けを認めた。


「……敗着は、あのビショップだったか」


「古典的な手法ですが、守りを固める相手を引っぱり出すには、なかなか効果的でしょう?」

 紅毛の若者はいたずらっぽく笑ってみせた。


 従卒が淹れなおしたコーヒーを口に含むと、女連隊長はゆっくりとうなずいた。彼女は負けっぷりも清々しい。


「……上層部に提案しても、また却下されるだろうな」


「まだまだ上は『論功行賞』に忙しいですから」


「これは、手段を選んでいる場合じゃなさそうだな」


 レディ・アトロンは、父将軍の周囲に群がる貴族将軍どもの顔を思い浮かべているのだろう。その場で唾棄だきしそうな表情になっている。


「我々だけでもやる価値はあると思う。双方の兵を合わせたら……ざっと1,700か」


「充分かと」

 寝ぐせの青年士官は、自信と愛嬌をないまぜた会心の笑みを浮かべた。





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


盤上でのガチンコ対決(対局)に魅せられた方、

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レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「囮作戦 1 引き金」お楽しみに。

レディ・アトロン、レイス主従の作戦が発動します。


低俗な挑発だったが、腹踊りの効果はてき面であった。誘いに乗ったヴァナヘイム軍は、セラ=レイスの予想したとおり、必要以上に追撃を行った。


彼の配置した陣形は見事に当たった。目をつむって発砲しても外さぬほど、敵は密集して突入して来たのである。

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