【6-12】対局 上

【第6章 登場人物】

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「セラ……ニワトリ頭か。ちょうどいいところに来た。どうだ、久々に一局」


 寝ぐせの青年士官・セラ=レイス少佐が訪れたのは、直属の上司であるエリウ=アトロン大佐の幕舎だった。「黒コガネ」の戦旗も時折、風を包んでいる。


 彼女は、今日も総司令部での論功行賞……もとい、軍議には出席していない。


 一昨日まで行われていた激しい訓練も終わり、暇を持て余していたらしい。参謀役・砲術指南役・斥候統括役の3つを兼任する部下の訪問を歓迎した。


 だが、このレディ・アトロンこと女連隊長の言葉に初めに反応したのは、呼びかけられた本人ではなく、その女副官・キイルタ=トラフ中尉であった。


 反応と言っても、感情に乏しい灰色の目を、わずかに細めただけだったが。



 差し出されたチェス盤をレイスが受け取ると、トラフを残してアシイン=ゴウラ少尉・アレン=カムハル少尉たちは天幕を辞した。


 このボードゲームは、取った相手の駒のうち5つまでを自軍の駒として活用することが認められている。予備駒をもって白黒色を変え、盤上に再投入できるのだ。その分、局面は複雑化し、対局時間は長期化する。


 着任の挨拶の際と同様、長い対局になることを見越し、レイスも部下たちの退散を承認したのである。


【6-1】レディ・アトロン 上

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 女副長も他の部下たちとともに辞去するつもりであったが、上官がファーストネームで女連隊長に呼びかけられたことで、方針を撤回したのだった。




 チェス盤を囲んで3人が座っている。


 従卒が人数分コーヒーをれ、そつなく配り終えた。レディ・アトロンはそれを口にして、盤面を見つめてる。


 6月も中旬に差し掛かろうとしている。


 日が経つにつれて気温は上昇を続けていた。特にここ数日は蒸し暑い日が続いているためか、彼女は紅茶色の長い髪を後頭部にまとめ、腰に流していた。


 渇きを覚えたトラフは、コーヒーとは別に一番水を従卒へ所望した。


 レイスは、カップをサイドテーブルに置くと、本題を切り出した。

「最近、面白い光景が見られますね」


「ん?兵士たちの裸踊りのことか」


 ――物分かりの良い上司2人だと、話が早く進みそうだ。

 トラフは、濁りも臭みもない水をこぼさないように口に含む。 



 話題は、「裸踊り」から「敵の布陣改め」に及んだ。


「確かに、いくらヴァナヘイム国のやつらでも、ここまで守りを固められたら……この先、敵の猛将様までが山裾に降りてきたら、さすがのお前でも、お手上げだろうな」


 盤上、守りの姿勢を構えていたレディ・アトロンであったが、ここでさらにクイーンを下げて、受けを整えた。


 その動きなど見ていないかのように、レイスは、ビショップを斜めに長駆させ、前線に進める。


 こうして、お互いの駒の動きが膠着こうちゃくすると、女連隊長は厚い唇に指を当てて長考に沈んだ。





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


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【予 告】

次回、「対局 下」お楽しみに。


駒同士の激しい応酬が始まり、トラフは息を吞む。


レディ・アトロンによる火を噴くような攻めも、紅髪の上官は気負うことなく受け流し切るつもりのようだ――。

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