【6-11】弛緩 下

【第6章 登場人物】

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 帝国軍末端の兵士たちに、軍紀のゆるみが顕著に確認された。


 飲酒や出歩きなどがそこかしこに見られはじめたのは、6月に入って間もない頃であった。


 彼らの間では、酒に酔った戯れに「度胸試し」が流行りだしたのである。

 


 それは、「丸腰のままヴァナヘイム軍の陣営に、どこまで近づけるか」を競い合うというものだった。


 その単純さと低俗さのなせる遊戯は、帝国兵士たちのなかに、あっという間に広まった。


 さらにそこへ賭博とばくの要素も絡み出したのは、自然の流れであると言えよう。


 暇をもてあました帝国兵たちは、次々と「度胸試し」に挑み、そして次第に大胆になっていった。


 時には敵陣営からの射撃を受け、大怪我を負う者も現れたが、そうしたリスクも、このゲームに彩りを添えていくだけだった。


 その後も、装備を付けずにヴァナヘイム軍の射程範囲へ身をさらす者が、後を絶たなかった。しまいには、全裸のままそこで昼寝をする者まで現れ、賭け金は膨れ上がった。



 初夏にしてはいささか強い陽光を浴びて、帝国兵士たちがだらしなくうたた寝をしている様子は、右翼第3連隊所属・レイス少佐指揮下の斥候部隊からも度々報告された。


「なんたるザマだ」


「帝国軍の尊厳も何もあったものではないな」


 いつもの丘上に立つアシイン=ゴウラたちは、苦々しい思いでその様子を眺めていた。


 第3連隊からは、このような愚行に走る兵卒が出ていないのは、彼らにとってせめてもの救いなのだろう。


 だが、紅毛の上官の反応は鈍いものだった。


「……ふむ。古典的手法だが、有効かもしれん」

 馬上、何やらつぶやきながら1つ2つうなずくと、レイスは馬首をめぐらしてしまった。


 部下たちもあわてて上官の後に従う。



 軍紀の緩みは、彼らにとっても無縁ではなかった。もっとも、レイス隊の場合、緩んでいたのは隊長の方であったが。


 この紅毛の青年将校は、ストイックさとは無縁の性質であった。


 だから、ひとたび真面目な姿勢で任務に取り組む必要がなくなると、たちまち「勤怠」の字の内、「怠」の字が表に出てしまうようだ。


 副官のキイルタ=トラフが泰然としてそれをいましめ、「勤」の字に連れ戻すのが常である。



 この日もレイスは、昼過ぎまで近くの慰安所に居続け、巡視の時刻に戻って来る気配もなかった。


【6-9】慰安所 下

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 たまりかねた副官に耳を引っ張られ、軍服がはだけた状態で、引き戻されてきたばかりである。


 女性士官に引きずられる姿は、過日、砲兵主導の革新的作戦を立案した人物とは思えぬほど、冴えないものだった。


 敏捷びんしょうさのかけらもない動作で着込んだ上着は、えりがよじくれたままである。


 しぶしぶまたがった馬上では、紅髪が緩慢に揺れていた。寝ぐせには手が付けられた様子もない。


 紅い毛が自由を謳歌おうかしている様を眺めながら、部下たちはため息をついた。


 彼らは、謹厳実直のオウェル参謀長麾下の頃が――あの息苦しいまでに軍紀を重んじ、任務に忠実であった頃が――懐かしく思えてくるのであった。


【プレイバック①】キイルタ=トラフの小休止

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【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


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【予 告】

次回、「対局 上」お楽しみに。


「確かに、いくらヴァナヘイム国のやつらでも、ここまで守りを固められたら……この先、敵の猛将様までが山裾に降りてきたら、さすがのお前でも、お手上げだろうな」


盤上、守りの姿勢を構えていたレディ・アトロンであったが、ここでさらにクイーンを下げて、受けを整えた。


その動きなど見ていないかのように、レイスは、ビショップを斜めに長駆させ、前線に進める。

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