【6-1】レディ・アトロン 上

【第6章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700428954319651

【組織図】帝国東征軍(略図)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927862185728682

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 帝国暦383年5月、ターン=ブリクリウ調査団長による懲罰人事は、帝国東征軍各隊の配置を大きく動かした。


 セラ=レイスとその部下たちは、総司令部付き参謀部を罷免されると、麾下500の下士官、兵とともに右翼第3連隊・エリウ=アトロン大佐の旗下に入った。


 同連隊の指揮官は、東征軍総司令・ズフタフ=アトロンの一人娘である。


 しかし、レディ・アトロンの性質は苛烈で武断と父親とは正反対。「猛撃の女連隊長」の異名のとおり、戦場での勇ましい逸話は枚挙にいとまがない。


 父親に似てその身長は高く、並みの男性将校と目線はさほど変わらない。だが、身体の厚みは父親をゆうに上回る。


 鍛錬によってつちかったたくましくしなやかな体躯は、サイズ違いではないかと思わせるほど、胸部を中心に軍服を内側から押し上げていた。



 四十近くで授かった我が子に、アトロンも親としての情を強く抱いたに違いないが、戦場においては特別扱いすることはなかった。


 それは、この度の遠征で損耗が激しい右翼に、娘の部隊を配置し続けていることからも分かる。


 すなわち、レイスたちの転属先は、敵部隊の最も近くに布陣する部署であった。


 両軍激戦となった――追い詰められたヴァナヘイム軍が、捨て身の戦術に打って出た――場合、最も損害が出ることが予想される部署でもある。


 レイス一党に対する、ブリクリウの狙いは、あからさまだった。


 紅毛の若者は、己の境遇をさして嘆くことはなかったが、そのような部署へ娘の部隊を配置していることに、彼は改めて、老司令官の生真面目さ・公平さを痛感したのである。



 ヴィムル河流域会戦では、序盤の敵部隊誘引戦において、前線の部隊に昼夜なく戦闘を継続させ、先の村落攻防戦では、圧倒的な火力で味方ごと敵を吹き飛ばした――。


 レイス一党は、「奴隷使い」・「味方殺し」と悪評すこぶる高く、他の部隊からは引き取り手がなかった。


 そのような一党を下に付けたことからも、老司令官が息女を特別扱いしていない様子がうかがえる。


 一方で、その娘も、


「人物の評価は、己の目で見て決める」


とばかりに、周囲の雑音をすべて聞き流し、紅毛の部下に正面から向き合う姿勢をとることにしたのであった。



***



「指せるか?」


「少しだけなら」


 夕食後、着任の挨拶に訪れた紅毛の一行へ、女連隊長は他に何も尋ねなかった。


 戦場焼けした腕ごと、チェス盤を差し出しただけだった。


 随分と使い込まれていたものの、分厚さや鈍い光沢から、それが一級品であることが分かった。大佐の長い指に挟まれ、盤はひとまわり小さく見える。



 対局は深夜にまで及んだ。


「ひらひらとかわしながら、相手のすきを狙うか……」


 着任したばかりの部下の棋風に、上官は満足そうだった。長時間の盤上の駆け引きを終え、いささか疲れた表情を隠さずに、レイスはほほ笑んだ。


「……だが、最後に勝ちを譲るというのは、好ましくないな」


「しかし、これ以上長引かせますと……」


 レイスは背後に目をやった。それにつられるように、レディ・アトロンことエリウも、同方向へ視線を向ける。


「なるほど、部下想いの上官だな」

 彼女は目を閉じて、感じ入ったように笑った。


 懐中時計の針は、深夜0時を回っていた。


 レイスの背後では、キイルタ=トラフが姿勢正しく座っているほかは、アシイン=ゴウラ、アレン=カムハルからニアム=レクレナまで、全員が舟を漕いでいた。その場にうずくまり、あるいは椅子にもたれかかりながら。





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


レイス一行は、なかなか良さそうな上官の下についたのでは、と思われた方、ぜひこちらからフォロー🔖や⭐️評価をお願いいたします

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レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「レディ・アトロン 中」お楽しみに。


参謀部を解任されたあと、第3連隊でしばらく怠惰を決め込もうとしていたセラ=レイスは、その甘い目論見を突き崩された。


「これじゃあ、総司令部勤めの方が、いくぶんか楽だったんじゃないか」

女王様の横暴だなどとぼやく上官のデスクに、キイルタ=トラフは無言で敵情報告書の束を積み上げた。

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