【2-6】欲面
【第2章 登場人物】
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東征軍総司令部では、エイモン=クルンドフが、セラ=レイスの
クルンドフ家は、マグノマン家と家格こそ同格であったが、その財は歴代当主が食いつぶしていた。
家名だけで資産を失った貴族など、帝国には掃いて捨てるほどいる。取り入ろうにも「東岸領の狐」ターン=ブリクリウが相手にすることはないだろう。
しかも、クルンドフ家は「田舎農夫」・「隠居
何しろ「農夫」と「狐」はすこぶる折り合いが悪い。そのことからもクルンドフ家がブリクリウ陣営に歓迎されるはずもなかった。
所属先における派閥頭の力量の差は、出世争いにも直結する。
アトロンが東征軍の総司令官を務めていた縁で、クルンドフも副将の地位を授かったものの、あの隠居した好々爺のような将軍の下では、これ以上の便宜を期待することは難しいだろう。
隠居爺では、
マグノマン(の財)は、ブリクリウに愛されている。
狐の地位は
ヤツごときに階級・地位において並ばれるのは、屈辱であることこの上ない。
だが、そうした事態も時間の問題だろう。
「……そろそろ、この競争に終止符を打たれてはいかがでしょうか」
長身の先任参謀は姿勢を低くし、椅子に座る小柄な副将に、そしてその耳のなかに、生暖かい言葉を流し込んでくる。
「戦場に事故はつきものです」
クルンドフの丸い顔は、次第に打算の色に支配されていった。
「むしろこの事態は、閣下にとって千載一遇の好機ではないかと」
この紅毛の若造は、笑みを浮かべながら味方殺しを勧めているのだ。
しかし、長年の競争に決着をつける機会をみすみす逃す手はない。
――若造の言葉は、もっともだ。
エイモン=クルンドフ中将が小さくうなずいたのは、ズフタフ=アトロン大将が静かに入室したのと同時であった。
「前線において、我が軍の退避が遅れているようですね」
総司令官の椅子に姿勢よく座ると、老将は白髭をもそもそと動かしながら、2人に話しかけてきた。
あわただしく打算の表情を消して、副将は主将に応じる。
「はッ、現在、状況を確認しておりますが、予定どおり、作戦の総仕上げは実行に移せるかと……」
「どのような事情があろうと、友軍の退避を優先。たとえ作戦中止になろうとも、それをたがえてはならぬ」
副将がすべてを言いきらぬうちに、アトロン老将は語尾強く言い放った。
寡黙な老将軍が断固とした口調で述べたことに、レイスがこころもち口をとがらせた時だった。今度は秩序どおり伝令兵が部屋に飛び込み、新たな報告を読み上げた。
「ヴァナヘイム軍、B地点を通過」
副将と先任参謀はたまらず振り返り、伝令兵が立つ部屋の前方へ視線を送る。
巨大な作戦図のなかを、敵軍を示す青い駒が、参謀たちが持つT字型の杖によって進められていった。
先任参謀が握る懐中時計の盤面は、4月25日・11時45分を刻んでいた。ヴァ軍は着実に、「A」と記された村落に向かって進んでいく。
***
「宝の山ではないか」
強風など気にするそぶりもなく、マグノマンたちは歓声を上げていた。
彼らの欲深さは、際限がなかった。
一行は3日前、村落入口付近に残置されていた軍需物資を運び去った。しかし、それだけでは飽き足りないようだった。
横領した品物を村落から50キロ先の田舎町で降ろすと、それらを
彼らは、村落の奥に、まだまだ木箱が眠っていることを知っていた。すなわち、今作戦での損失補填だけでは満足せず、貯蓄まで試みたのである。
まるで冬眠前に木の実を集めては土中に埋める、小動物のような慌ただしさであった。
村落A奥のそこかしこにある納屋――そのなかには、いずれも弾薬運搬用の木箱がうずたかく積まれていた。どれにも等しく、帝国国鳥である鷲の焼印が押されている。
彼らは喜び勇んで、それらも馬車の荷台に積み込み始めた。もはや手慣れたもので、兵士たちは納屋から馬車の荷台まで2列縦隊になり、次々と木箱を受け渡していく。
「な、何をなさっておられるのです」
いつまでもマグノマン隊が「A地点」を離れないため、この区域担当の斥候兵は、当該村落に馬を乗り入れたのだった。そこで彼が見た光景は、同隊による(2度目の)軍需物資の横領であった。
同隊は数日前に村落の物資をくすねており、わざわざ戻ってきて盗みを重ねている。
「この1カ月、俺たちはずっと戦わされてきたんだ。少しくらい大目に見てくれよ」
マグノマン准将の補佐官・アラン=ニームド少佐は、悪びれた様子も見せずに言い放つ。
そして、斥候兵の肩を馴れ馴れしく叩くと、搬出作業の督励に向かっていった。
だが、この斥候兵は、あくまでも職務に忠実であった。彼はその先にいる准将の前まで行き、注進する。
「副司令官閣下より、ただちにこの地を離れるよう、無電が届いております」
作戦の発動まで時間がない。やむなく総司令部では、無線封鎖の指示を自ら破り、警告を送り付けてきたのである。
さすがに、この上申は効果があったようだ。マグノマンがこちらに視線を寄越して口を開いたのだ。
「……誰の命令だと」
だが、その声は凄味を帯びていた。
「ふ、副司令官閣下です」
「どこの副司令官閣下だと?」
斥候兵は声を振り絞るも、准将の声色は、いよいよ不愉快極まりないことを物語っている。
「ク、クルンドフ中将閣下です」
副司令官兼参謀長の名前を絞り出すと同時に、斥候兵は思わず両目を細めた。そして、次の刹那、彼は大きな衝撃と激痛を覚えた。
右目に准将の鉄拳がめり込んだのであった。
「この村に無電装置は残っていたな?」
「ええ、旧式のものですが」
マグノマンが周囲に確認すると、指揮官の意向を汲んだように、幕僚の一人が進み出る。
「そんなに退避して欲しいなら、チビの副司令官殿に返電してやれ。『マグノマン隊、退避完了セリ』とな」
准将が顎でしゃくると、幕僚たちは含み笑いをしながら、村落の奥へ進んでいった。その際、うずくまる斥候兵の袖から、担当番号の書かれた布をはぎ取ることも忘れなかった。
帝国軍伝令兵や斥候兵は、電信を発する際、それぞれに割り当てられた番号を末尾に付す決まりになっている。当該番号から、発信者の氏名や所属先、担当作戦区域までの特定につながるのである。
4月25日12時18分、こうしてマグノマン隊は、A地点からの退避を完了したことになった。
いつの間にか、マグノマン隊では、帝国軍歌を口ずさむ者が現れ、またたく間に兵士たちの唱和に広がっていった。
納屋の木箱はリズミカルに、兵士の手から手へと伝わっていく。どれもズシリと重い。弾薬など軍需物質がさぞやたくさん詰まっていることだろう。
兵士の1人が手もとを狂わせ、箱を地面に落としたのは、風がひときわうなりを上げて吹き抜けた時だった。
角より地面に落ちた木箱からは、勢いよく蓋がはずれる。
箱の受け渡しの流れが止まり、軍歌の唱和が消えた。
「馬鹿野郎、気をつけろ!」
すかさず小隊長が声を荒げた。
しかし、次の瞬間、彼らが目にしたのは、木箱から流れ出た黒色の砂であった。
「何だ、これは」
こぼれ広がった黒い粉を、思わず何人かの兵士が手ですくい上げた。
「……火薬?」
木箱からのぞいたのは、弾薬ではなかった。兵士たちがいくら目を凝らしても、箱には黒粉が隅まで詰められているだけで、金属面が姿を現す気配も感じられなかった。
兵士の指のあいだを
【作者からのお願い】
「航跡」続編――ブレギア国編の執筆を始めました。
https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533
宜しくお願い致します。
次回、「庭師将軍 上」お楽しみに。
次回より、フェイズが帝国からヴァナヘイム国へ移ります。
新聞各紙は彼を「敗北将軍」・「庭師将軍」と名付け、無能・低能・無為・無策とあらゆる
この先も「航跡」は続いていきます。
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