【2-7】庭師将軍 上

【第2章 登場人物】

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【地図】 航跡 ヴァナヘイム国編

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927859849819644

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 ヴァナヘイム国軍・ヤンネ=ドーマル大将は、対帝国戦における3人目の総司令官であった。


 しかし、戦死した先々代、捕縛された先代よりも、風采も戦果も上がらなかった。

 

 新聞各紙は彼を「敗北将軍」・「庭師将軍」と名付け、無能・低能・無為・無策とあらゆる誹謗ひぼう言葉をもって連日装飾した。


 さして家格の高くないドーマル家が総司令官に任じられたのも、「国王陛下が御執心の庭造りに、彼は最も秀でていたからだ」という。そのような噂話も面白おかしく記事にされた。


 噂の出どころは、ドーマル家の家紋が樹木……あたりらしい。


 ノーアトゥーンにおける彼の邸宅は、毎日のように投石を受けた。妻と子どもたちは王都から離れ、フレヤ外れのドーマル家領まで避難せざるをえなくなっている。


 そのような司令官に、配下の将軍たちも愛想を尽かしはじめており、友軍たるフーゴ=ランディ准将の窮地にも、率先して動こうとする部隊はいなかった。


 ――同郷のフーゴまで見殺しにしては、私の求心力はなくなる。


 3月14日、ランディ旅団救出のため、ドーマルは仕方なく自軍3,800でイエリン城塞から打って出ることを決したのである。付き従ったのは、アルベルト=ミーミル大佐とその麾下の各隊2,000だけであった。



 しかし、蛇行して流れるヴィムル河付近にまで軍を進めてみると、ランディ麾下各隊は既に壊滅していた。そのままヴァナヘイム軍は、エレン付近を遊弋ゆうよくしていた帝国軍と矛を突き合わせることになる。


 たなびく「下弦の月」の旗から、この帝国軍はマグノマン旅団であると報告されたが、ドーマルはうなずくだけであった。ヴァ軍総司令部では、同旅団の情報を持ち合わせていなかったからである。


 救出すべき友軍が消滅していた以上、引き揚げるべきである。幕僚たちは口々に撤退を進言したが、ドーマルはそれを容れなかった。


 この帝国軍は、おそらくランディ旅団をほふった部隊だろうと推測された。


 ――味方の仇を晴らさずにまた逃げ帰ってでもしたら、私の名声はいよいよ地に落ちる。


 ――フーゴのことだ、むざむざ敗北を喫したわけではあるまい。


 ランディ旅団から救援の要請を受けて、幾日も経過していない。そのわずかな期間に同旅団を壊滅させたことから、帝国側も相当な無理を重ねたものと思われる――前方に展開するミーミル大佐の見解やよしである。


 目の前の帝国軍は、それなりの手傷を負っていることを、ドーマルは期待したのであった。



 3月27日、ヤンネ=ドーマル大将は、総司令官直轄軍およびミーミル麾下各隊に攻撃開始を命じた。


 ドーマルの予想どおり、帝国軍は機敏さに欠けた。マグノマン旅団とやらは、しばしば敗北し、その都度退却した。


 とりわけ、「咆哮する狼」の戦旗ひるがえるミーミル連隊の活躍は、両軍の注目を集めた。


 彼らは帝国軍の攻撃をやり過ごすと、頃合を見計らって反撃に移る。整然と斉射が行われ、帝国軍の隊列が乱れる。その隙をつくようにして、同連隊は距離を縮めていく。


 ヴァナヘイム軍司令部は沸いた。局地戦ではありながらも、ヴァ軍の久々の勝利であった。ドーマルは、幕僚たちの自分を見る目が改まっていくことを肌で感じた。


 それでも、くだんの帝国軍は一定の距離で踏みとどまると、健気にも反撃をしてくる。しかし、それも弱々しいもので、ミーミル連隊が鋭い打撃を加えるや、次第に崩れはじめていく。


 ヴァナヘイム軍の勝利は続いた。ミーミル連隊の狼の旗が、月の旗掲げる帝国軍を西へ西へと追い込んでいく。


「言うことを聞かない将軍どもが、この場に居ないのは残念ですね」


「ああ、オーズの猪あたりにでも見せつけてやりたいわ」


 幕僚たちを前に、ドーマルの鼻息は自然強くなった。従軍記者たちが追いつき始めたのを見ると、これ見よがしに自らも陣頭に立ち、サーベルを振るって攻撃を指示したのである。



 総司令官ヤンネ=ドーマルが局地戦での勝利を重ねているという報は、後方イエリン城塞に籠るヴァナヘイム各軍にも伝わった。


 なかでも、エレン城塞奪還の一報は、将校たちを瞠目どうもくさせている。


 帝国軍に対する勝利の効果は大きかった。

 

 これまで、総司令部の命にまったく従わなかった将軍たちのうち、ムール=オリアン少将・ヘルゲ=ウプサラ准将・ディック=フューリス准将が、ドーマル大将の意向に沿う姿勢を示し、中軍に合流したのである。


 このため、ヴァナヘイム軍は、総勢2万近くまで膨れ上がった。ヴィムル河流域の戦場だけであれば、帝国軍を圧倒する数字である。


 帝国軍は、遂に河の西側へ退かざるをえなくなった。


「猪どもは来なんだか……」

 ヴィムル河を前にして整列した各隊を巡視しながら、ドーマルは鼻をひと吹きし、不平の意を鳴らした。


 オーズ、ベルマン、アッペルマンなどヴァ軍の主力を成す将軍たちは、グラシル方面からの帝国軍に備えるとして、イエリン城塞を動かず、こちらに合流していない。


「ここで、さらなる戦果を挙げられれば、ヤツらも閣下を無視できなくなります」

 幕僚たちの言葉に、ドーマルは馬上ひとつうなずくと、河の先に視線を向けた。






【作者からのお願い】


「航跡」続編――ブレギア国編の執筆を始めました。

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533


宜しくお願い致します。



次回、「庭師将軍 下」お楽しみに。

4月24日午前8時、ひなびた村落を前にして、ヴァナヘイム軍は軍議を開いた――。



この先も「航跡」は続いていきます。


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