【2-5】同期
【第2章 登場人物】
https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700428630905536
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副将兼参謀長・エイモン=クルンドフ中将と中央第2旅団長・イブラ=マグノマン准将は、士官学校の同期であり、家格も近いことから、両者は常に競い合ってきた。
世の中、どうにも相性の悪い相手というものは、存在するものである。
虫が好かない。
馬が合わない。
反りが合わない。
両者はそれらの言葉がすべて当てはまった。
成金の
士官学校時代こそ勉学や体育の成績はドングリの背比べであったが、卒業後は、所属部隊での戦果から宴席での酒量まで、ことあるごとにぶつかり、いがみ合った。
そのなかには、ファミリーネームが同じ8文字(chrundph magnoman)で気に入らないという、訳の分からない理由で、新年の酒席にて
両者の反目は年を重ねるにつれて悪化していった。
30歳を過ぎた頃には、一方が戦場に出る度に、もう一方は、内心敵軍を応援するまでになっていた。味方が勝利を収めても、それが対立相手の手柄になると、舌打ちしたほどである。
このように、一方が戦功をあげる度に、もう一方は苦虫を嚙み潰したような顔をし、一方が昇進を果たす度に、もう一方は胃酸が逆流するような不快感を覚えるようにして、2人は昇格を重ねていった。
一方が戦場に出る度に、もう一方がその戦死を願うようになったのは、いつの頃からだろうか。
***
帝国東征軍の総司令部において、クルンドフは、副司令官の席でやや居住まいをただした。
この数年では、東征軍副将に昇進したクルンドフが、マグノマンよりも出世レースを大きくリードしていた。しかし、総司令部付きとなった身では、前線の将軍のように、手柄を立てにくくなっている。
帝国軍では、中将までは常に「降格」の2文字と隣り合わせの立場にあった。つまり、
「いつ、いまのお立場が逆転を許すか、分からない状況にあるわけです」
目の前にたたずむ背の高い部下は、頭髪と同じ色の眉をハの字に下げ、さも「気の毒な」と言わんばかりの表情のまま、言葉をかけてくる。
はじめは、生意気な紅毛の青二才からの報告を、苦々しく聞いていたクルンドフだったが、次第にそのささやきに引き込まれていった。
――否、引き込まれてなどいない。「一理ある」と思っただけだ。
「この度の遠征では、マグノマン准将のご活躍は目覚ましいものがあります。東都のオーラム閣下などは、どのようにご評価されるでしょうか」
――マグノマンをあれだけこき使う作戦を立てた者が、それを言うのか。
クルンドフは失笑の念に駆られた。しかし、紅色の前髪の下に光る
この先もエイモン=クルンドフとイブラ=マグノマン、両者の競争は続いていくだろう。
だが、齢50にさしかかろうとしているいま、逆転を許すようなことになれば、それは致命傷となり、その差を取り戻すことは相当難しくなるだろう。
クルンドフはマグノマンなど恐れていない。
決して強がりではない。由緒ある貴族が、
彼が恐れているのは、マグノマンの後ろに見え隠れする狐――ターン=ブリクリウ大将――の影であった。
ブリクリウは、歩くラード――帝国宰相嫡男・アルイル=オーラム上級大将――の
御曹司の成長とともに、彼はその勢力を伸ばし、意に染まぬ貴族を次々と追い落としていった。代わりに自らの派閥の貴族を引き揚げるやり口は巧妙であり、その容姿から、「狡猾な狐」と恐れられていた。
アルイルが東海岸の統帥権を与えられるや、当然のことながらブリクリウは、そのナンバー2に納まっている。
マグノマン家は、現当主の祖父が若い頃からブリクリウ家の派閥に
中佐の地位で足踏みしていたイブラに、2階級特進、准将の地位を授けるなど、なにかと便宜を供与していることからも、その溺愛ぶりが分かる。
内政・軍事どちらにおいても、取り立てて秀でた点のないイブラを狐が重用したのは、
イブラの祖父ジョンは、大衆向けの廉価な葉巻製造に成功し、一代で莫大な富を手にしていた。
平民のジョンに、断絶していたマグノマン家の家名を買い取るようそそのかしたのは、他ならぬブリクリウであった。
成り上がりの平民は、狡猾な狐を利用して、貴族階級の仲間入りを果たしたわけである。
孫のイブラの生活も激変した。
幼年学校から中等学校までは平民の学校に通っていたが、突如として貴族子弟向けの士官学校に転入する運びとなったのである。
それらが、現在のマグノマン家が「俄か貴族」と言われるゆえんである。
狐の指示に従い、関係先――家名だけでなく、屋敷や細分化された旧領まで――をすべて買収し、ジョンはマグノマン家の「養子」になったわけだが、その際にばら撒かれた資金は、ブリクリウ派閥において、権力の底固めに役立った。
狐のあっせんにより、自領の財政を立て直すことができた貴族たちは、彼に恩を感じ、ブリクリウ家の下風に進んで立つことになったのである。
類似商品の乱立もあって、葉巻商材からの実入りは途絶えたが、マグノマン家購入後も、ジョンの資産には余力があった。
裏を返せば、祖父は齢90を超えたいまも、当主の座にしがみつき、資産も抱え込んでいた。彼は、親族に対してわずかな金銭はおろか、保証人として名を貸すことすら惜しんだ。
だが、孫だけは特別のようだった。ジョンの子息は早世していたため、その財産は、家名とともに孫のイブラが相続することになる。
その孫に対しては、通学する学園を皮切りに、暮らすべき屋敷やその世話係、さらには縁談にまで、祖父は投資を惜しまなかった。
孫を金銭で飾り立てることで、祖父は己の卑しい出自からくる劣等感を、払しょくしようとしたのかもしれない。
ジョンの計らいにより、イブラは唐突に富貴に包まれたが、祖父の想いは孫に届かなかった。イブラは、少年時代までどっぷりと浸かった庶民感覚が、抜けないまま五十路を迎えようとしている。
結局、巨万の財や貴族の地位を得たところで、祖父も孫も
それどころか、孫の内面には深刻な事態が生じていた。
少年のままの小さな器から自尊心がこぼれ落ちているような、極めて不安定な人格が形成されていく。
過度に酔いが回った折、それは際限なき酷薄性として頭をもたげた。彼にとって異民・貧民になど家畜同然になった。己の欲求を満たすためなら、それらに対し何をしても良いと思い込んでいった。
祖父(の金)によってもみ消されてきたが、興に乗った――では済まされないような、残虐事件を、孫は度々起こしている。
このように、富も地位も手につかないちぐはぐとした様子から、妖怪じみた酷薄性まで、クルンドフがマグノマンを嫌う理由は、枚挙にいとまがなかった。
【作者からのお願い】
「航跡」続編――ブレギア国編の執筆を始めました。
https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533
宜しくお願い致します。
次回、「欲面」お楽しみに。
「むしろこの事態は、閣下にとって千載一遇の好機ではないかと」
この紅毛の若造は、笑みを浮かべながら味方殺しを勧めているのだ――。
この先も「航跡」は続いていきます。
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