【15-13】謝罪と賠償 上

【第15章 登場人物】

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【地図】ヴァナヘイム国 (13章修正)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330651819936625

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「……店を変えよう」


 シャルヴィ=グニョーストは、酒場への入店早々、きびすを返した。


 しかし、彼らの右腕には、薄汚れた布製の腕章が巻かれている。そのことに、先客である軍服集団がいち早く気が付いた。


「おう、帝国に飼われている犬っころどもが来たぞ」


【15-1】持ちつ持たれつ 上

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700428438180656



 グニョースト等・元特務兵たちは、早朝からの仕事を終え、仲間内で安酒を酌み交わそうとしていた。


 ところが、足を踏み入れた酒場に、折悪くであるヴァナヘイム国軍の下士官・兵が居座っていたのである。


 両者は、ミーミル総司令官の下で帝国軍と戦っていた頃から犬猿の仲であり、衝突が絶えなかった。


【12-20】英雄から軍神へ 中

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【13-12】正規兵と特務兵 中

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【14-24】武装放棄 3

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 元特務兵たちが、振り返ることなく店を出かけた時だった。奥の席から酒瓶が飛び、入口の扉に当たる。ガラス製の容器は激しい音を立てて粉々になった。


 さすがに驚いて振り返ったグニョースト等に、下士官・兵たちがおぼつかない足取りで近づいていく。


「犬ごときが、人間様と同じ酒を飲もうとしてんじゃぬうぇよ」

 兵卒の呂律は回っていないが、どうやら元特務兵たちが、荷役などで帝国軍に雇われていることを皮肉っているらしい。


 しかし、グニョーストは動じなかった。かつては、鉄道相・ウジェーヌ=グリスニルと政争を演じたほどの男である。


【12-17】束の間の優勢 上

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 帝国軍の捕虜となり、蒼みを帯びた黒髪の女将校に銃口を向けられても、臆することはなかった。風変わりな紅髪の将校に2、3尋問されたあと、解放されている。


【8-9】捕虜 中

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 囚人上がりにのくせにひるむ気配も見せぬとは生意気な――軍服集団は苛立ったようだ。


「お前たちが飲んでいいのはそれだ」

 下士官があごをしゃくった先では、砕け散った酒瓶の中身が扉をつたい、床に小さな水たまりをつくっていた。


「おら、飲めよ」

 止めに入ろうとした店主を突き飛ばすと、年長の下士官は鼻からアルコール臭気を撒き散らしながら、若年の元特務兵の一人に詰め寄っていく。


 そのまま若者の首元を両手で押さえこむと、床にたまったラム酒に顔を近づけさせようとする。


「やめろッ」

 グニョーストが、年長の酔っぱらいを引きはがし、首を抑えこまれていた仲間を助け起こす。


 すると、彼の後ろにいた別の元特務兵が、まなじりを吊り上げて進み出る。

「いいかげんにしろッ。帝国の前にこびを売っているだけの腰抜けどもが」


「きさまぁッ!もう一度言ってみろぉ」

 元特務兵の言葉を浴び、下士官たちはアルコールの影響以上に顔を朱に染めて詰め寄った。


「何度でも言ってやる。いまや帝国のなすことを見て見ぬふりしているお前たちこそ、犬と呼ぶにふさわしいのではないか!?」



 店内にいた他の酔客たちも、騒ぎの事情をつかめたのか、次々と野次を飛ばしはじめる。


「そうだ、帝国の横暴を前に何もできない負け犬どもが」


「お前らの給金は、俺たちが払ってんだぞ」


「無駄飯喰らいが、デカイ面するな」



「き、き、き、きさまら……」

 すべてが図星のためか、酒量が想像以上に響いているのか、下士官・兵たちの反撃は続かない。


 グニョーストの制止の声も聞かず、元特務兵たちはたたみかける。


「この時間に既に酩酊めいていしているとは、いったい何時から飲んでやがる」


「おおかた、帝国の連中を恐れて、毎日明るいうちからこそこそと酒を飲んでいるのだろ……」



 それらのが終わる前に、複数の乾いた衝撃音が店内に響きわたった。



 液体をまき散らしながら、酒瓶が割れる。


 破片が擦過したようだ――グニョーストは、額が熱を持ったと認識するや、そこから流れ出た赤い体液で、片側の視界を閉ざされる。


 先頭に立ってまくしたてていた元特務兵は、何が起こったか理解しかねる表情で、その場にゆっくりと崩れ落ちた。



 接客係の女が、悲鳴を上げる。



 下士官の一人が腰を抜かしてへたりこむ。その激しく震える両手は、硝煙のこる拳銃を取りこぼした。







【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


元特務兵とはいえ、帝国軍の下で働いている者を、ヴァナヘイム軍下士官が射殺してしまった――これはまずいのではないか、と思われた方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758


レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「謝罪と賠償 下」お楽しみに。


「たとえ、非正規兵だったとしても、我が軍の家族であり、それに銃を向けたことは、帝国に向けたことと同義である。ヴァナヘイム国へ謝罪と賠償を要求する」


本件に対する、駐留帝国軍の声明発表は迅速だった。


1億2000万帝国クラン(帝国暦384年3月レートで、312億ヴァナヘイム ラウプニル)という法外な賠償金の要求は、帝国軍の怒りを推し量るものとして十分であり、ヴァナヘイム国・審議会を震えあがらせたのだった。

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