【15-14】謝罪と賠償 下

【第15章 登場人物】

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【地図】ヴァナヘイム国 (13章修正)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330651819936625

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 王都城下の酒場における、ヴァナヘイム国・下士官による元特務兵 射殺事件――顛末てんまつは、翌3月28日の朝刊に大々的に取り上げられ、またたく間に広まった。


「たとえ、非正規兵だったとしても、我が軍の家族であり、それに銃を向けたことは、帝国に向けたことと同義である。ヴァナヘイム国へ謝罪と賠償を要求する」


 本件に対する、駐留帝国軍の声明発表は迅速だった。


 1億2000万帝国クラン(帝国暦384年3月レートで、312億ヴァナヘイム ラウプニル)という法外な賠償金の要求は、帝国軍の怒りを推し量るものとして十分であり、ヴァナヘイム国・審議会を震えあがらせたのだった。



「『家族』か。帝国兵の10分の1という薄給でこき使っておきながら、よく言えたものだ」

 農務相・ユングヴィ=フロージは毒づくと同時に、テーブルの脇に新聞を放り出した。


「……」

 簡素な朝食の席には、元外務省 対外政策課長・エーギル=フォルニヨートが対面を占めていた。


 彼は咀嚼そしゃくしながら紙片を見やると、同事件の見出しと記事が一面に大きく踊っていた。



 ――元特務兵たちのために、まだこれだけの義憤を覚えることができるとは。


 余人からすれば些末さまつなことだったろう。


 事実、老人が朝から短気を起こしただけに過ぎない。


 しかし、フォルニヨートからすれば、この初老の大臣に、己がどうしても及ばないことを実感してしまう。


 農務相を支え、1日も早く審議会にを取り戻さねばならない、と彼は意を強くするのだった。



 かつて、フォルニヨートは、軍務次官・クヴァシル、農務大臣・フロージとともに「売国奴」と酷評されながらも、帝国との避戦に尽力した。


【5-8】少女の冒険 ② 新聞

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 献身虚しく、帝国との火蓋が切られてしまってからは、クヴァシルは抜擢ばってきしたミーミルに戦場において五分に近い状況を演出させ、少しでも有利な条件での講和締結を目指した。


 だが、早々に収容所に収監されていたフォルニヨートは、軍務次官をたすけることが出来なかった。大いに共感を覚えたであろうクヴァシルの方針すら知りえず、強制労働に日々追われていた。


 フォルニヨートが、使役や兵役を解かれた時には、次官は往来に倒れ、王都は帝国軍に押さえられていた。


 故郷のヴァーラスをはじめ平原諸都市は、帝国兵によって略奪の限りを尽くされた。金品は根こそぎ奪われ、人身売買も平然と横行している。


【15-10】良識人 上

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 こうなる事態に陥ることが分かっていたからこそ、避戦を唱えてきたわけだが、この国の民は聞く耳を持たなかった。


 呆れたことに、軍務次官が帝国との講和締結について、千載一遇の機会をつくりながらも、この国の民は勘違いしたうえに欲に駆られ、その好機を自ら潰した。


【12-29】四輪車 下

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 そればかりか、外交に軍政に防御体制構築に尽力した次官を「売国奴」扱いする始末であった。


 そしていま、帝国兵による暴虐と国政破綻による窮乏にさいなまれている。


 王都までも帝国軍の略奪と凌辱に喘いでいた。


 この国は、自治権までも失おうとしている。



 ――すべては自業自得であろう。

 民衆を救おうとしたかつての気概など、フォルニヨートは油断すると霧散しそうになる。

 

 それだけ、この国の民は無知で欲深く、度し難かった。


 だが、質素な朝食の先に座る老人は違った。


 帝国のやり口に激高し、胡麻塩頭まで染め上がりそうなほど頬や額を紅潮させている。純粋に心を痛めていることの裏返しなのであろう。


 状況は詰んでいる。しかし、フロージはまだ諦めていないのだ。





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


フロージ爺様の熱いところが好きな方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758


ミーミルたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「遺言 上」お楽しみに。


帝国暦384年3月上旬、ローズル・フルングニルをはじめとするヴァナヘイム軍元幕僚たちのほか、フォルニヨート元対外政策課長等は、再びミーミル元総司令官が軟禁されている邸宅に集っていた。


既に手慣れたもので、この日は立会人不在ながら、フロージ農務大臣までも室内にとどまっている。


また、驚いたことに、連日紙面を賑わせている元特務兵 射殺事件の当事者、シャルヴィ=グニョーストの姿まであった。額に大きなガーゼを当てている。

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