【12-29】四輪車 下

【第12章 登場人物】

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【地図】ヴァナヘイム国

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927859849819644

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 議長が決を採ろうと、ためらいがちに木槌を手に取った時、議場の大きな扉がきしみながら開いた。室内の濁った空気を外気がかき回す。


 扉の外には四輪車が止められており、そこには軍服を肩にかけた老人が腰かけていた。その肩章の星の大きさと数は、並みの将校のそれではない。


「そこまでだ、クヴァシル」

 低く、ややしわがれた声が議場に響いた。


「こ、これは、軍務尚書……」

 軍務次官・ケント=クヴァシルは、己の目と耳を疑った。



 自らの上官が、1年近く床に伏せっていた老元帥が、突然現れ国政審議の場に臨もうとしている。


 軍務尚書・ヴァジ=ヴィーザル――元帥の称号を持つ軍務省のトップである。


 制服組筆頭は、彼の一面に過ぎない。城塞都市・ヴイージを中心に広大な所領を有し、同地域の代議士も兼任しているほどの有力貴族であった。


 軍務省の権威も、この老尚書の威光のもとに成り立っていると言っても過言ではないだろう。



 ヴィーザルは、四輪車の上から枯れ木のような手を振った。


 後ろから、2名の副官がそれぞれの手押しハンドルを押すと、四輪車は車輪をきしませながら前方に進む。



「軍務省としては、これまでの次官の発言を取り消し、帝国の侵略に徹頭徹尾あらがうことをここに提案する」

 腹に力のこもった声であった。


 体に数発の銃弾を浴び、自領ヴィジーに長期間伏せていた老人のものとは思えなかった。


【4-8】消し方 中

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 軍において上官の命令は絶対である。


 軍政担当という、やや文官としての色合いを帯びる軍務省とて例外ではない。


 まして、王族に次ぐ地位に居るほどの人物――その重みも加わる。



 それらを振り払うように、クヴァシルは四輪車の進路に立ち塞がる。

「軍務尚書、我らがそのような独断をなさってはなりません」


 次官が必死に反論するも、尚書は鋭い声と眼光をもってそれに報いる。

「軍務省に独断専行させているのは、貴官ではないのかね」


 ヴィーザルが針金のような指を動かすと、控えていた副官が前に進む。装飾の施された通信筒を持参して。


 老尚書のうなずきに応じて、ふたが開けられると、なかには筒の形に合わせて紙が納められていた。


「現場の将軍たちからの嘆願書だ」


 次官は息をのみ、尚書から渡された書類に目を通していく。



 アルヴァ=オーズ中将以下、エーミル=ベルマン中将、エディ=アッペルマン少将、フィリップ=ブリリオート少将、ムール=オリアン少将ほか将官および佐官たちによる連書であった。


「あと一息で帝国軍の息の根を止めて御覧に入れる」


「二度と我が国へが起こらぬよう、徹底的に叩きのめすまで」


「退却する敵を追撃し、そのまま帝国領をうかがう所存」


 講和回避・戦闘継続を切々と訴える文面が続く。


「……」

 クヴァシルは、冒頭から末尾まで素早く2度読み返した。しかし、このなかに総司令官・アルベルト=ミーミル大将や階段将校たちのサインはない。



 先刻まで葬式のようだった議場に、にわかに活気が戻った。


 リング=ヴェイグジル・ヴァランディ=ガムラをはじめとする戦闘継続派の代議士たちが、息を吹き返したかのように拍手を送る。


「我が国の力を帝国に知らしめよ」


「我が国の聖域から帝国を駆逐せよ」


「その先へ進め、帝国領を割譲させよ」


 鉄道大臣や内務大臣、それに法務大臣が立ち上がり、軍務尚書に歩み寄る。そして、四輪車の傍らにて議場へさらなる拍手を促す。



「帝国との講和案、白紙撤回!」


「帝国との戦闘継続決定!!」


 代議士たちがいよいよ大声を張り上げ、記者たちが慌ただしく議場から駆け出していった。





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


ヴァナヘイム国の戦闘継続の判断に不安を覚えられた方、ぜひこちらからフォロー🔖や⭐️評価をお願いいたします

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クヴァシルたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「花びら 上」お楽しみに。


軍務次官・ケント=クヴァシルは、無言のまま車窓の外を見つめていた。


夕刻ということもあり、王都・ノーアトゥーンの大通りは多少の混雑が生じている。

城門近くで運搬馬車が荷崩れを起こしているらしい。


 ――こういうことがあるから、汽車で郊外まで行き来した方が楽なんだがなぁ。


無表情の衛兵に挟まれ、広くもない車内は息苦しい。煙草を吸うことなど、はばかられるような雰囲気である。

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