【12-28】四輪車 上

【第12章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429613956558

【地図】ヴァナヘイム国

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927859849819644

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 戦闘継続か、講和締結か。


 ヴァナヘイム国・審議会で長らく続いていた論争も、10月14日、軍務次官・農務大臣の論調――帝国との講和締結――に大きく傾いている。


 少数派だった講和派が、継続派をことごとく論破し、ヴァナヘイム国としての結論はほぼ決したかのような様相を呈していた。


 仕上げとばかりに、農務相・ユングヴィ=フロージは、壇上小さな身体を伸ばして呼び掛ける。

「領民たちが飢餓に見舞われた状態で、帝国との戦争など続けられたものではありません」


 彼が食糧自給の観点から戦争継続を断念するよう提唱するのは、もう何度目のことだろうか。


 ヴァナヘイム国は、帝国との戦争により、生産世代が街や村から次々と引き抜かれていった。


 灌漑かんがい設備は荒れ、耕作面積は減少の一途をたどっている。残された老人と子どもだけでは、農業が成り立たなくなってきているのだ。


「だからといって、領民たちの声を無視し、審議会が独断専行することは許されない」

 しつこく内務相・ヴァーリ=エクレフが抵抗を試みるも、それを後押しする野次はか細い。


 一連の論争を通じて、内務大臣は公人としての職責への認識が甘いことを露呈していた。


 記者席からは、呆れの色合いを帯びた吐息が一斉に漏れる。それすら味方につけ、軍務次官は余裕ある口調で応じる。

「貴族と領民代表による審議会での結論は、国家の総意。我ら制服組は、それに従うまでであります」


 審議会での意思決定は、国王のそれと同義なのである。


「たかだか次官ふぜいが国を語るな」

 鉄道相・ウジェーヌ=グリスニルが苦しそうに反撃を口にする。


 それに対しても、軍務次官は冷静に言葉を指し回す。

「半年前の国家存亡の折、自領に逃げ込み隠れていた方よりは、国を語る権利があると自負しております」


「ぐ……」

 鉄道大臣は完全に沈黙した。


 帝国軍が王都・ノーアトゥーンに迫る前から、巻貝のように自領に閉じこもった当の本人としては、反論のしようがなかった。


 あれからまだ1年も経っていないのだ。クヴァシルからすれば、そのような輩が安全になった王都に舞い戻り、国政を語っていること自体、片腹痛い。



 議場内に静寂が訪れた。


 文武百官が集う広い議場に、しわぶき1つ起こらなかった。無音により耳鳴りがするかのような錯覚に陥った者もいたことだろう。


 軍務次官と農務相は、これまで打合せを重ねてきたこの先の流れを、いま一度小声で手早く確認し合う。


 審議会の結論を国王へ上申したのち、国内に布達を急ぐ。前線の総司令部には戦闘停止を命じ、帝国側にはこちらから交渉を仕掛けていく――。



 決を採ろうと、議長がためらいがちに木槌きづちを手に取った時だった。


 ふいに議場の大きな扉がきしみながら開いた。外気が室内の濁った空気をかき回す。


 扉の外には四輪車が止められており、そこには軍服を肩にかけた老人が腰かけていた。その肩章の星の大きさと数は、並みの将校のそれではなかった。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


反対する省庁の声を、ことごとく封じてしまったクヴァシル・フロージの凸凹コンビは凄いな、と思われた方、ぜひこちらからフォロー🔖や⭐️評価をお願いいたします

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クヴァシルたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「四輪車 下」お楽しみに。


先刻まで葬式のようだった議場に、にわかに活気が戻った。


リング=ヴェイグジル・ヴァランディ=ガムラをはじめとする戦闘継続派の代議士たちが、息を吹き返したかのように拍手を送る。


「我が国の力を帝国に知らしめよ」

「進め、帝国領を割譲させよ」

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