【12-30】花びら ①

【第12章 登場人物】

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【地図】ヴァナヘイム国

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927859849819644

【世界地図】航跡の舞台※第12章 修正

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330648632991690

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 軍務次官・ケント=クヴァシルは、無言のまま車窓の外を見つめていた。


 夕刻ということもあり、王都の大通りは多少の混雑が生じている。ノーアトゥーンの代名詞ともいえる優美な二対のうち、西の塔が繊細な影をそこへ落としていた。


 帝国との戦争で働き手を失った街は、朝夕の渋滞がなくなりつつあったが、この日の馬車は歩みを緩めていた。


 城門近くで運搬馬車が荷崩れを起こしているらしい。


 ――こういうことがあるから、汽車で郊外まで行き来した方が楽なんだがなぁ。

 クヴァシルは、胸ポケットに当てた手を止める。


 無表情な衛兵に挟まれ、広くもない車内は息苦しい。煙草を吸うことなど、はばかられるような雰囲気であった。


「……」

 不平を漏らす気にもなれず、彼は再び窓外を力なく眺めた。


 もっとも、防弾加工の施された車窓は、搭乗者の視界を奪うほど鉄板が幅を利かせている。



 この軍務省ナンバー2は、ヴァナヘイム軍が連戦連勝を重ねるなか、帝国との停戦・講和締結を推し進めようとしてきた。それにより、自宅に銃弾が撃ち込まれるほど、民衆の憎悪を一身に集めている。


【12-27】正義の弾丸

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 帝国東岸領と比較しただけでも、ヴァナヘイム国の劣勢は覆うべくもない。動員兵力は半数にも満たず、武器製造能力に至っては、100分の1以下という絶望的な隔たりがある。まして、新兵器開発能力に至っては比較にすらならない。


【5-11】少女の冒険 ⑤ 食卓

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 ここに来てヴァナヘイム軍が優勢な戦いを演じているのは、指揮官・アルベルト=ミーミルという稀有けうな存在のほか、草原の隣国による帝国輸送隊の襲撃、帝国内での派閥人事抗争などの要因による。


 ところが、既にブレギア騎翔隊による後方攪乱かくらんは期待できず、帝国人事の混乱も収まりつつあるようだ。


 そうした国力、軍事、外交の事情を総合的に知り抜いているがために、クヴァシルは帝国との講和締結を急いでいる。これ以上戦争を長引かせては、軍はおろか国そのものが持たないのだ。


 もちろん、この軍政家が見据えるのは、無条件での降伏などではなく、対等条件での講和である。


 それゆえに、国力、軍事、外交の事情を総合的に知り抜きながら、「このまま戦闘を継続すれば、我が軍は敗れる」とは、彼は口にすることができないでいた。


 現在の戦況優位をもって、精一杯帝国に付け込むほかないのだ。


 そのため、自国軍が戦線展開において限界を迎えつつあるとは、多くの民衆は知らないでいる。彼らの目には、「講和締結」を唱える軍務省次官は、連戦連勝の総司令官の足を引っ張ている奸物かんぶつのようにしか映らないでいた。


 この国の民衆は激高しやすい。いつ銃弾が家屋ではなく、次官そのものへ向けられるか分かったものではなかった。


 次官の身の上を案じた農務相ユングヴィ=フロージが、王都市街地に邸宅を確保し、往復には護衛付きの馬車を用意したのだった。


【12-26】売国奴 下

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 そんな彼等が苦心惨憺さんたんして築き上げた、審議会での「停戦・講和」への流れを、見事にひっくり返してくれた軍務尚書。彼も、民衆による凶弾のために長らく国政からの離脱を余儀なくされていた。


【12-29】四輪車 下

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 フロージは、次官が尚書に続いて遭難することを危惧したわけである。


 こうしてクヴァシルは、盟友の心づくしたるそれら新居や通勤の足に甘んじている。





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


軍務次官の苦衷を分かっていただけた方、ぜひこちらからフォロー🔖や⭐️評価をお願いいたします

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クヴァシルたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「花びら 中」お楽しみに。


赤髪の女の子が1人、小さな花束を抱えていた。


この子にとって、いやこの子の家族にとって、その日の糧を得るための貴重な財産なのだろう。


そこへ突然、後ろから年長の男の子が押し掛け、力任せにその花束を奪い取った。


白い花弁が飛び散る。


「……とめてくれ」

クヴァシルは、御者に指示を出した。

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