【12-31】花びら ②

【第12章 登場人物】

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 軍務次官・ケント=クヴァシルは、農務大臣・ユングヴィ=フロージの心づくしたる護衛付き馬車に身を委ねている。


 しかし、街道先での事故により、乗用・運搬用問わず、馬車群は数珠じゅずつなぎとなり、その速度が一向に上がる様子はない。


 ――これから、どうしたものかね。

 自問し、クヴァシルは自嘲気味に口端をり上げた。


 農務相と共に、この数カ月かけて築き上げてきた対帝国停戦・講和の流れは、完全なる徒労に終わった。劇的なを果たした軍務尚書によって、すべてくつがえされたわけである。


 そればかりではなく、軍務次官とその部下たちは軍政から遠ざけられることも決まった。


 ――アルベルトのヤツに合わせる顔がないな。


 彼は、総司令官に抜擢したアルベルト=ミーミルと約束をした。帝国と講和を結んでみせる、と。ミーミルはその言葉を信じ、彼から要求された「引き分け手前」以上の戦況を作り上げてみせたのだ。


【4-8】消し方 中

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 この先、軍務省は、尚書とその取り巻きたちによって、政務を執り行っていくそうだ。他の省庁とも緊密に連携して。


 ――お払い箱となった俺に何が出来るのか。


 馬車の速度が再び落ちた。その動きのように、クヴァシルの思考は行き詰まる。



 冴えない車内の空気と己の境遇に、彼は辟易へきえきした。そして無性に煙草が吸いたくなった。


 しかし、窓を開けることを同乗の衛兵から禁じられていることを思い出し、やむなく断念する。


 手持ち無沙汰をごまかすには、やはり窓外を眺めるしかなさそうだ。それにしても、大半を鉄板に塞がれている車窓は、ただただ視界が悪い。



 クヴァシルの視線の先――車窓の向こうでは、往来を微速で進む馬車に、物売りの子どもたちがすがりつこうとする光景が広がっていた。


 帝国との戦闘で親を失ったのだろうか――このように日銭を稼ぐ貧民の子の姿は、いっそう増えたように思われた。


 どの子も土埃つちぼこりで汚れ、擦り切れた服を身にまとっている。つま先に大きな穴が空いていても靴を履いているだけマシで、ほとんどの子は裸足はだしだった。



 赤色の髪を持つ女の子が1人、小さな花束を抱えていた。

 

 どこにでも生えていそうな、貧相な花であった。


 しかし、この子にとって、いやこの子の家族にとって、その日の糧を得るための貴重な財産なのだろう。


 大切に、大切に……という言葉が聞こえてきそうなほど、両腕で抱えて運んでいる。辻馬車の乗客にわずかな金銭で購入してもらうまでは、1輪たりとも落としてはならないのだ。


 そこへ突然、後ろから年長の男の子が押し掛け、力任せにその花束を奪い取った。


 白い花弁が飛び散る。


 何が起きたのか、女の子は咄嗟とっさに理解できなかったようだ。目を大きく見開いて固まっていたが、数秒後、両膝をついて泣きだした。



「……とめてくれ」

 クヴァシルは、御者に指示を出した。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


クヴァシルに煙草を吸わせてあげたいと思われた方、

生きようとする子どもたちに手を差し伸べたいと思われた方、


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クヴァシルたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「花びら ③」お楽しみに。


クヴァシルは片膝をつくと、泣き止まない彼女に、優しく微笑みかける。

「お嬢ちゃん、このお花をおじさんに譲ってくれるかな」


彼の片手には、泥のついた花弁が数枚乗っていた。


女の子は驚いた様子で、こちらを見上げる。

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