【12-32】花びら ③

【第12章 登場人物】

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「……とめてくれ」

 軍務次官・ケント=クヴァシルは、御者に指示を出した。


 彼は、馬車が完全に停車するのを待たずして、同乗の衛兵をかき分け、キャビンから降りる。


 そして、わんわんと泣いている女の子の前まで来ると、そのひょろりとした背中を丸め、地面に散らばった花びらを1つ1つ拾い集めていった。



 クヴァシルは片膝をつくと、泣き止まない彼女に、優しく微笑みかける。

「お嬢ちゃん、このお花をおじさんに譲ってくれるかな」


 彼の片手には、泥のついた花弁が数枚乗っていた。


 女の子は驚いた様子で、こちらを見上げる。


「……!」

 クヴァシルの視野では、瞳の色は違えど赤髪の少女――かつて彼の借家に通い詰め、ともに審議会にまで臨んでくれたムンディル家の令嬢――その面影が重なる。



【5-10】少女の冒険 ④ 軍務省次官

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【5-12】少女の冒険 ⑥ 壇上へ

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「友人を助けてください」

「帝国との戦争を回避してください」

 バー・スヴァンプでは、赤髪の少女は立ち上がってまで訴えてきた。


 ――約束守れなくって、ごめんな。

 クヴァシルは瞑目めいもくし、女の子にこうべを垂れる。



 この国は、軍務尚書の方針に民衆の総意が加わり、帝国相手に泥沼の戦いへと突入するだろう。


 ――アルベルトは、どこまでもつだろうか。


 隣国・ブレギアは、騎翔隊をすべて引き揚げたと聞く。


 輸送路を邪魔されることなく、補給体制が万全となった帝国軍は、大挙して再襲来することだろう。この国稀代の名将・アルベルト=ミーミルをもってしても、如何ともしがたいほどの規模で。


「『新兵器開発能力に至っては比較にならない』んですよね」

 あの時の少女は、最後の一言を口ずさみ、ニッと笑っていた。



 クヴァシルは、この国の行く末に思いをはせる。


 荒野にヴァナヘイム軍将兵のむくろは朽ち果て、焼け落ちた王都へ帝国軍が進駐する。


 世界地図からヴァ国は消え、民衆は帝国による支配と搾取さくしゅ蹂躙じゅうりんされよう。


 そうした事態を避けるべく尽力してきた。道半ばで軍政を外されたのは、クヴァシルにとって痛恨の極みであった。



 それでも――。



 農務大臣は、諦めぬという。


 軍務省との喧嘩を楽しんでやる、とすらいる。



 ミーミルも、そうやすやすと敗れはしまい。


 帝国広しと言えども、戦術単位であいつを負かせるような指揮官が居るものなら、お目にかかりたいものだ。



 そして――。



 あの夜、赤髪の少女は震えながら泣いていた。


【5-17】少女の冒険 ⑪ 脱兎

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 暴漢に襲われたことへの恐怖だけではなかっただろう。


 国政の壇上にまで上がりながら、実父一人説き伏せられなかった己の非力を、嘆いていたに違いない。



 ――まだ、俺にも出来ることはあるはずだ。


 フロージの爺様ですら、しぶとく屈しないのだ。



 探せ。



 アルベルトは講和の成立を待っている。



 考えろ。



 一度くらい、弟子に良いところを見せなきゃならない。



 動け。



 軍務尚書から主導権を取り戻すためには……実力行使も……。



 覚悟しろ。







 クヴァシルは両目を開いた。


 赤い髪の女の子は、泣き止んでいた。



 花の代金として差し出された紙幣の枚数に、彼女は驚く。


 構わないんだとクヴァシルに促され、女の子が躊躇しながらお金を受け取ったのは――黒いスーツに身を固めた数人が、その場に駆け寄って来たのと同時だった。









 乾いた発砲音が往来に響き渡った。



 クヴァシルの右手からは、花びらが再び地面に落ちていった。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


軍務次官の遭難に驚かれた方、ぜひこちらからフォロー🔖や⭐️評価をお願いいたします

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クヴァシルたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「花びら ④ 《第12章終》」お楽しみに。


12章の最終回は、帝国にフェイズが移ります。


セラ=レイスとキイルタ=トラフの掛け合いをお楽しみに。

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