【12-33】花びら ④《第12章終》

【第12章 登場人物】

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「では、既に手を打たれていたのですね」


「……惜しい男だったが仕方がない。こんなところで講和など結ばれては困るからな」


 帝国軍総司令部付き参謀部天幕――キイルタ=トラフが、紅茶ポット――ベリーク産陶器――にお湯を注いでいる。だが、彼女の問いかけに対する、紅髪の上官の声は抑揚を欠いた。


 ヒットマンを用いて、ヴァナヘイム国・軍務省次官を始末した。


 陰惨な行為に手を染めたことについて、セラ=レイスは不本意極まりなかったようだ。その様子や口ぶりから、紅髪の上官の気持ちが、黒髪の副官には手に取るように分かる。


 こういう時の上官は、珈琲(砂糖・ミルク入り)ではなく紅茶を好むことも、彼女は心得ていた。そもそも、彼は下戸なので、やけ酒は飲めない。



 ヴァナヘイム国軍務省次官・ケント=クヴァシル中将――。


 アルベルト=ミーミルの才能にいち早く気付き、彼が力を発揮できるようお膳立てした男。


 骨肉の争いを繰り広げてきた隣国ブレギアに同盟の話を持ちかけ、その締結に成功。そして、食糧・弾薬不足に陥るほど、帝国軍の輸送計画を散々に狂わせた男――。


 レイス・トラフ主従は、先の撤退戦では上官たるレディ・アトロンを失い、自分たちも九死に一生を得た。


 その後も各所で、帝国は敗北を重ねている。


 

 軍務次官は、それらの元凶ともいえる存在である。


 ところが困ったことに、レイスはこの男に対して、帝国上層部の人間よりも親近感がわくようである。それはトラフも同様であった。


 自己の栄達のことしか頭にない帝国貴族将校に対して、軍務省次官は滅私の姿勢を貫いた。誤解の末、民衆から「売国奴」呼ばわれされても、ブレずにあるべき姿を目指そうとした。


「軍務省次官・ケント=クヴァシルは、相当に腕が立つようでしたね。士官学校時代、剣技や射撃の成績は、常にトップクラスだったとか」


 そんな男が、突然汽車通勤を改め、専用馬車を用いはじめたため、暗殺実行班は戸惑ったようだった。


 3等列車であれば、駅でも窓越しでも、狙撃機会はいくらでもあったが、防弾加工を施した専用馬車では、そうもいかなかった。下手を打てば、護衛兵とともに逆撃を被りかねない。



 結局、実行班が得意とする遠距離射殺を諦め、すきいての近距離処理を余儀なくされたわけである。


「お前の射撃も、そう悪い筋ではないと思うがな」

 珍しく上官は部下を褒めながら、紅茶入りのカップを受け取った。キイルタであれば、遠距離射殺ができたはずだと、レイスは副官の腕を疑っていないようだ。


【6-14】囮作戦 1 引き金

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 トラフは内心の喜悦きえつを押し殺しつつ、上官へ問いを重ねる。

「……よく手配できましたね」

 近接殺傷とはいえ、それほどの男を始末できる刺客を。


「俺たちの戦闘継続を希望する連中は、にたくさんいるのさ」

 レイスは、左右のてのひらで包みこむようにして、陶器のティーカップを口に運ぶ。


【12-16】 青空と暗室

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 季節は確実に移りつつある。あれほど帝国軍を悩ませた酷暑も急速に遠のき、ここ数日の夕刻には、温かい飲み物が好まれる気温になっていた。



 琥珀色の液体を口に含み、上官は顔をしかめる。


 時間配分を間違えて渋くなってしまったのだろうか――トラフも己のカップを口につける。


 いつもどおりの完璧なれ具合であった。口全体に茶葉のまろやかな味わいこそ広がれど、舌の上で転がしても、苦みなど感じられない。



 まごつく副官に構うことなく、レイスはポツリと言葉を漏らす。


「惜しいなぁ……」





第12章 完

※第13章に続きます。



【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


軍務次官を処分した帝国は、次にどのような手を打って来るのか気になる方、

残されたミーミルが気になる方、

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クヴァシルたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回からは、第13章「内憂」が始まります。


ヴァナヘイム軍では、アルベルト=ミーミル麾下、正規兵と特務兵の溝がより深刻ものに。

帝国軍では、セラ=レイスによる反撃の狼煙のろしが上がります。


お楽しみに!!

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