【12-16】 青空と暗室
【第12章 登場人物】
https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429613956558
【地図】ヴァナヘイム国
https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927859849819644
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帝国軍は、この日の定時会見を終えた。
「『転進』だと?」
「聴き慣れない言葉だ」
「撤退ではないのか」
腑に落ちない表情を一様に浮かべる記者たちを見送る(追い出す)と、司会を務めたキイルタ=トラフも会見場から表に出た。
そこで、軽く体を伸ばしたあと、彼女の灰色の瞳は、遠く北の空を見つめる。そして、ケルムト渓谷の先、その青空の下にあるであろうヴァナヘイム国王都・ノーアトゥーンへ思いをはせる。
ヴァ国王都に放った間者によれば、為政者から領民まで多くの者たちが、戦勝気分に浮かれていると聞く。
帝国軍には亡国の手前まで追い込まれたのだ。その侵略軍を撃破しては、主要都市を次々と奪還している。おまけに熱しやすいとされるヴァ国の民族性……お祭り騒ぎにならないわけがない。
しかし、敵司令官は、アトロン連隊長を討ち、帝国軍右翼を一敗地に追い込んでも、そうした者たちと勝利の美酒に酔いしれたことはないようだ。「身を持すること冷厳」とは、彼のために用意された言葉なのかもしれない。
彼は王都に戻り羽を休める暇なく、常に戦場全体を見渡し、自軍を督励し続けているに違いない。自らも戦場にその身を
おかげで、狼の戦旗が戦場に翻ることの脅威は、もはや帝国軍において看過できないものになっている。
エレン郊外では、策という策を読まれ、暗夜の同士討ちに追い込まれた。
ケニング峠では、巧みな陣形変更で散々揺さぶられた挙句、谷底へ一掃された。
アルベルト=ミーミルとは、全軍の総司令官としても、一軍の指揮官としても超一流なのだ。
一方で、こちらの紅髪の上官は、ケニング峠の戦いで完敗したことが余程こたえたのだろう。慰安所という逃げ場も絶たれ、連日長椅子でのふて寝を決め込んでいる。
好物の焼き菓子をやけ食いしていないだけマシだろうか――嗚呼、ブレギア騎翔隊の輸送妨害のため、帝国軍には甘味はおろか、食糧そのものも満足に届いていないのだった。
会見中、下腹部に力を籠めていたことに抗議するかのように、腹の虫が鳴き声をあげ始めた。
トラフは溜息をついた。
***
「帝国東征軍は、何をやっておるのかね」
「貴族将校をこれ以上殺さんでくれよ。空手形が増えてしまうのはかなわんからな」
「煙草屋の
方々から失笑が漏れる。室内は薄暗く、重厚感のある椅子とテーブルが確認できる程度だ。
そこに何名が座っているのか、発言者が誰なのか、この集いの関係者でなくては、判別が難しいだろう。
「それにしても、ヴァーラス城塞の失陥は、あまりにも腰が引けてなかったかい」
発言に共鳴するかのように、複数の溜息が流れる。
高級葉巻をくゆらしていた初老の男が、続いて言葉を発する。
「ここに来て、ヴァナヘイム国では『講和』などという馬鹿げた話も出ているそうじゃないか」
紫煙の主に同調する声が続く。
「こんなところで講和など締結されてみろ。帝国軍は、何のために遠征をしたのか分からなくなるぞ」
「莫大な戦費を負担して、
男たちはどうやら等間隔で分厚いテーブルに座を占めている。その形はU字であった。
U字の切れ間に恰幅の良い軍服姿の男が一人立たされている。肩章には突起が、胸には飾りが、これでもかというほど付いていた。
「君の要請に従い、
テーブルの上を書類が走る。勢い余って床に落ちたそれを、立たされていた男が拾い上げた。
「しっかりしたまえ。今回の遠征軍のオーナーは、君の息子だろう……」
軍服姿の男は、書類を胸に無言のまま敬礼する。そして、
扉の閉まる重々しい音を残して。
【作者とおさらい】
トラフは、ミーミルを買いかぶっていますね(^^;;
ミーミルは、王都ノーアトゥーンに戻って、バー・スヴァンプの美味しい酒食に舌鼓を打ち、オーズ邸では可愛い奥様を相手にティータイムを決め込んでいました(笑)
【10-4】 猛訓練 上
https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816927861948496388
【10-13】 セムラ
https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816927862053280182
【予 告】
次回、「束の間の優勢 上」お楽しみに。
フェイズは帝国軍からヴァナヘイム国王都・ノーアトゥーンに移ります。
軍務省次官・ケント=クヴァシル中将の省庁間駆け引きにご注目ください。
「次官殿は、冗談がお好きなようですな」
愛想笑いを浮かべるには、ヴァナヘイム国内務相・ヴァーリ=エクレフは演技力に欠いた。
「帝国の力を
軍務省次官・ケント=クヴァシルは、腕を振るって力説した。その先に見える上着の肘は、今日も擦り切れている。
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