【12-15】転進

【第12章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429613956558

【地図】ヴァナヘイム国

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927859849819644

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 ルーカー師団の兵馬が次々と奈落の底へ落ちていく。


 絶望・悲痛・苦痛に満ちた金切り声・断末魔は、深淵の谷底にとどまらず、二十数キロを超えて、帝国軍総司令部は通信室にまで届くようですらあった。


 帝国暦383年9月15日に日付を改めたばかりの通信室には、図面の拡げられたテーブルが残されている。その足下には、無数の凸型駒が散らばり、ヘッドフォンが転がっていた。



***



 惨敗を喫したケニング峠の他は、さしたる抵抗を示すことなく、帝国軍の都市放棄、南方への撤退が続いている。


「従軍記者たちには何と説明なさいますか?明日の朝刊の一面にまた『後退』の二文字が並びますと、本国が再び騒ぎ出すかと」


「……じゃあ『転進』とでも言っておけ」

 セラ=レイスは、額の上に腕を置いたまま副官に言い捨てた。


「『てんしん』ですか」

 転じて進む――実質的には「撤退」と同義である。



 フレヤ・イエリン・エレン、それにグラシル――退却を重ねる帝国軍は、これまで手中に収めてきた重要拠点をすべて放棄していった。


 過日、オウェル前々参謀長の下で苦心して陥としたヴァーラス城すら、9月21日、あっさりとヴァナヘイム軍の手に委ねてしまったのである。



 要衝ようしょうを捨てること、猫の子でもくれてやるかのようであった。紅毛の上官を微塵も疑ってはいないキイルタ=トラフでさえ、一抹いちまつの不安を感じざるをえない。


「……イエロヴェリル平原では死にかけたんだ。が届くまでは、しΦらくは、のΩびりさΣても♨うよ」

 あくびを噛みころそうとしたのだろう。レイスの言葉は途中から不明瞭になった。



 この紅髪の上官が職務に邁進まいしんする姿勢を示したのは、先任参謀に返り咲いてわずか数日間だけのことであった。


 【11-14】おばあちゃん 上

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 とりわけ、ケニング峠で惨敗を喫してからは、職務そっちのけで再び悪所(慰安所)通いに精を出すようになった。


 ヴァナヘイム商人経営の慰安所は、フレヤ・イエリンをはじめとする諸都市を捨てて後退する帝国軍にも、仮設小屋を畳んでは組み立て、してきたからだ。


 ところが、ヴァーラス城塞放棄によって、商人たちもさすがに愛想を尽かしたらしい。帝国軍はもはや駄目だ、と。


 こうして、慰安所が開設されなくなってからというもの、外出することもなく日がな一日、レイスは参謀部の長椅子に横になっている。



 緊張感のかけらも感じられない上官に、トラフは膝を屈めた。そして、彼の耳元に声を落として問いかける。

「懸念されているのは、『――いま、ヴァナヘイム側から講和をもちかけられたら困る』というあたりでしょうか」


 レイスは軍服の袖をわずかに顔からずらした。あおい薄眼を開けて、天井の一点を見つめている。


「……しばらくのあいだ、ヴァナヘイム国の為政者・領民には、せいぜい有頂天になってもらう」

 レイスが改まった口調で述べたのは、それだけだった。


 大きなあくびを1つすると、彼の周囲の緊張感を帯びた空気は、たちまち霧散していった。





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


ケニング峠の戦い……レイスはものすごく悔しかったんだな、と思われた方、

この先、レイスが企んでいる構想が気になる方、

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レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「青空と暗室」お楽しみに。


腑に落ちない表情を一様に浮かべる記者たちを見送る(追い出す)と、司会を務めたキイルタ=トラフも会見場から表に出た。

そこで、軽く体を伸ばしたあと、彼女の灰色の瞳は、遠く北の空を見つめる。


「帝国東征軍は何をやっておるのかね」

「貴族将校をこれ以上殺さんでくれよ。空手形が増えてしまうのはかなわんからな」

室内は薄暗く、重厚感のある椅子とテーブルが確認できる程度だ。

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