【10-4】 猛訓練 上

【第10章 登場人物】

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【地図】ヴァナヘイム国

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927859849819644

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 バー・スヴァンプでは、ケント=クヴァシル軍務省次官等の酒宴が続いていた。注文した料理も出揃い、宴もたけなわな頃合いである。


「ろくな食材が入ってこなくてね、今日はこんなもので我慢してちょうだい」

 女主人ママからのサービスだと、塩漬け豚肉と玉ねぎをジャガイモの生地で包んだ一皿が追加された。溶けたバターの香りが食欲をそそる。


 ヒューキ=シームル・ビル=セーグ両少佐は、アルベルト=ミーミル大将の左右を固めたまま、上官へのお酌と、自らの手酌を行き来している。


 ヴァナヘイム国は冬夏の寒暖差が激しすぎるため、葡萄の栽培に適していない。葡萄酒は帝国からの輸入に頼ってきたが、それも途絶えて久しい。


 昨今では専らこの国伝統の芋酒――発酵ジャガイモを蒸留させ、香草で味付けしたもの――がテーブルに並ぶ。



「それにしても、ずいぶんと懐いているじゃないか」

 クヴァシルは紙巻の煙を頭上へ短く吐き出して、たちに問う。戦場働きを除けば、糞真面目で面白くもないこの男を、どうしてそんなに気に入ったのか、と。


 何だかひどい言われようだが、ミーミルは杯をあおるだけである。彼は、自身について事実その通りだと思っているから、反論も何もない。


 代わりに憤ったのは階段将校の2人だった。

「教官とぅおいえども、そのお言葉はいただけませんぬぁ」

「そおうです。そうです。撤回なさってくだすぁい」

 両名とも酒に弱いようだ。早くも目は据わり、呂律ろれつは回らなくなりつつある。


「なんだぁ、また降格するか」

 元教官の言葉には、元生徒への愛情たっぷりである。3人のやり取りを前に、ミーミルはくすりと笑う。


「俺たちの総司令官は凄いんすよ」

「そうそう、この御方は、俺たちの英雄なんすから」

 杯を握りしめた元生徒たちは、いまから3カ月ほど前、敬愛する総司令官との出会いから、じっくりと語り出した。



***



 帝国暦383年5月12日、王都・ノーアトゥーン西の塔において、新総司令官・アルベルト=ミーミルによる将校一同に向けての所信表明が終わった。


 突然4階級を飛び越えた若造に対する不満は、いまだ古参の将官たちのなかにくすぶっている。たちまち、前者と後者との間で舌戦が繰り広げられる。


【4-12】舌戦 上

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 一方で、そうした不平・陰口に同調しない者たちもいた。


「へぇ、ずいぶんと物分かりの良い総司令官様だな」

「これまでの奴らとは、ちょっと毛色が違うな」

 ヒューキ=シームルとビル=セーグは、その筆頭格である。


 将官以上の発言を禁じるといった、この部屋の理不尽な空気など、であった。


 己の信念・方針と合わない上官たち――それらと衝突すること数知れず。その度に降格させられながらも、戦場での活躍ですぐに昇格することから、2人は「階段将校」と揶揄やゆされている。



 繰り広げられた舌戦について、新総司令官の主張に分があると、彼等は見ていた。


 





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


ミーミルが高級レストランよりも、バー・スヴァンプを選んだ理由が分かった方、

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階段将校たちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「猛訓練 下」お楽しみに。

時計の針は、もう少しだけさかのぼったまま。

階段将校たちの語りは、渓谷内での訓練の様子に及びます。


「あの総司令官殿、めちゃくちゃだ……」

「俺たち、帝国軍じゃなくて総司令官殿に殺されるぞ」


シームルとセーグは、肩で息を弾ませたまま、仰向けに倒れた。崖の間から夏の濃い青空が垣間見える。

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