【10-3】 ブリージンガル
【第10章 登場人物】
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木箱のなかで、首飾り・ブリージンガルが怪しく光を放っている。
窃盗団のアジトからこの宝飾品が届けられると、軍務省次官・ケント=クヴァシルは、部下たちに周辺から聞き込みを開始させた。
そして、あっさりと持ち主が浮かび上がった。
ひときわ立派な首飾りを見て、軍務省の女性職員たちが「オーズ中将の奥方様の所有物で間違いない」と口を揃えたからである。
一昨年まで、宮殿の中庭「水の庭園」において開かれていた園遊会。
貴族領主や代議士、将官以上の軍人と、その家族による立食・歓談の場には、オーズ夫人が当該装飾品を身に着けて毎年出席している。ブリージンガルと言えば、彼女の代名詞であるとのことだった。
そういえば、宝飾品への興味・関心など、無縁の極致に達するクヴァシルも、この首飾りを下げた夫人を何度となく見た記憶がある。
窃盗団の頭目もオーズ邸に侵入したことを認める供述をしている。そして、オーズ家からも被害届が治安警察隊へ提出されていた。もっとも、同家の宝物庫の鍵を、家主が掛け忘れたことが原因とのことだったが――。
「大将閣下にお使いを依頼することは、気が引けるが」
と前置きのうえ、この首飾りをオーズ邸に届けて欲しいとクヴァシルは言う。
依頼を耳にした途端、階段将校たちは、軍務省次官執務室を辞去しようと身をひるがえした。
「……どこへ行く」
「ちょっと、トイレに」
「そうそう、少しお腹が痛くなってしまいまして」
及び腰の2人は、適当な言い訳を口にする。アルヴァ=オーズ――この国随一の猛将――に関わるなど、ろくなことにはならないと言いたげだ。
しかし、次官クヴァシルが腰のフォルスターに手を回すのを見て、彼等は慌てて口を閉じ、姿勢正しく元居た席に着座した。
階段将校たちも銃の腕に覚えはある。しかし、彼等が士官学校の生徒だった頃、教官であったクヴァシルの抜き撃ちの見事さに――門限破りだけで実弾を平気で撃ち込んでくる姿に――
かくいう射撃の名人も、首飾りの所有者たるオーズ夫人については、
「……最近は、どうも苦手だ」
と、一言感想を述べるにとどまった。
軍務省次官殿と奥方様とは遠縁に当たり、たまに食事やお茶をする仲なのだ。幼少期よりかれこれ40年、彼女は姉のように世話をしてくれたそうだが、近年、彼はあまり関わり合いを持ちたくないらしい。
大丈夫だ、厚顔な代議士や無恥な経営者相手に、同じ問答に愛想笑いの末の撮影ラッシュ――あんなものに比べたら、お使いの方が体力的には遥かに楽だろうと、クヴァシルは取り繕った。
そんなことより、
「王都にいる間は、できるだけ休んでおけ」
とのことだった。
総司令官とはいえ、戦陣では固いベッドに寝起きし、食事はどうしても生鮮食材に欠く。
短い期間であるとはいえ、せめて王都に滞在している間は、上級ホテルに泊まり、ふかふかの寝床で体を休めろという。
次官は既に、ノーアトゥーン最高級の宿、しかも貴賓室をを押さえていた。
食事の面もケアしよう――クヴァシルは王都随一のレストランの席を確保すべく受話器を手に取ったが、ミーミルは丁重に辞退した。
代わりに、バー・スヴァンプのママの料理を所望したのである。階段将校たちも連れ立って。
【作者からのお願い】
この先も「航跡」は続いていきます。
軍務省次官と階段将校たちの師弟関係について、やっぱり良いものだなと思われた方、
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ミーミルやクヴァシルたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢
【予 告】
次回、「猛訓練 上」お楽しみに。
時計の針は少しだけ
「へぇ、ずいぶんと物分かりの良い総司令官様だな」
「これまでの奴らとは、ちょっと毛色が違うな」
ヒューキ=シームル大尉とビル=セーグ大尉は、その筆頭格である。
将官以上の発言を禁じるといった、この部屋の理不尽な空気など、どこ吹く風であった。
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