【10-2】 小さな凱旋 下
【第10章 登場人物】
https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429411600845
====================
ノーアトゥーンにそびえ立つ東西2対の優美な塔は、夏の陽光を白く照り返している。
王都では、対帝国戦の報告以外にも、応じねばならない公務がミーミルを待ち構えていた。
この日、軍務省の会見室には、朝から代議士や経営者たちが、入れ代わり立ち代わり押し寄せていた。誰もが記者やカメラマンを従えて。
若き総司令官は、それらを相手に対談や握手に追われていたのである。調子のいい輩にいたっては、肩を組まれての撮影まで余儀なくされている。
「いかにして難敵を打ち破ったか」
「勝利の秘訣」
「戦場における勝者の心構え」
同語反復――対談内容は開戦以来、初勝利を収めた対帝国戦についてであった。
訪問客たちは、それにあやかろうとしたわけである。
「私は君のことを昔から知っていたのだ」
「君ならきっとやってくれると思っていた」
「さすが、私が見込んだ男だ」
代議士たちは異口同音に己の先見の明を誇り、必ずそれを記事にするよう、記者たちに念を押す。
悪乗りが悪乗りを呼び、アポイントなどあってないようなものとなった。いつの間にか、会見室前の廊下に待ち列が絶えなくなる。階段将校2人は、志願した職務――総司令官の護衛――も忘れ、かいがいしく行列整理に徹する有様であった。
「作戦に伴うものです」「軍機です」を口実に、軍務省次官が救い出さねば、この総司令官は、夜更けまで記念撮影が続いていたことだろう。閃光粉まみれになりながら。
軍務省次官は、若き総司令官と階段将校たちを自らの執務室に避難させるや、「これ以上、そんな公務は不要だ」と告げる。
しかし、総司令官は珍しく首を横にした。
ミーミルは、自分が広告塔でもあることを心得ている。
局地戦ながら勝利者として愛嬌を振りまくことで、点としてこの国に活力を取り戻していく。そして、点を面として五大陸に広めていくことで、諸外国の認識を「帝国勝勢」から「両者五分」に改めるべく、世論の印象を操作するのだ。
先の戦闘で、あれほどの打撃を与えたのだ。帝国軍はすぐには動けないだろう。
一方、我がヴァナヘイム軍もしばらくは各隊補給と負傷者の治療に専念しなければならない。
この時間を有効活用して、帝国との講和締結の土壌を整えるのだ。
「その心意気はありがたいが……」
愛想を安売りしている暇があるなら、お使いを頼まれてくれないか――クヴァシルは言うや、デスクの引き出しから木箱を1つ取り出した。
「お菓子ですか!?」
「馬鹿、きっとお宝だ!」
階段将校たちは、やにわに元気を取り戻し、身を乗り出してくる。
「これは……?」
戸惑う総司令官に、次官は不敵な笑みを向け、
「首飾り『ブリージンガル』だ」
上品な箱のなかからは、黄金色の豪奢なネックレスが姿を現した。
金細工の中央には、燃えるように赤い宝石が配されている。
先日、窃盗団の大掛かりな捕物があり、押収品のなかにこの首飾りが紛れていたという。
ヴァナヘイム軍は、帝国戦役を通じて、多くの下士官・兵を失った。しかし、その理由は、「戦死」「戦傷」ばかりではない。むしろ、それらを押さえてトップに躍り出るのは、「行方不明」である。
ちなみに、「行方不明」の内訳は、「逃亡」が大多数を占めると見られている。
戦場から脱走した下士官・兵たちは、郷里に戻ることも出来ず、食うために野盗・強盗・コソ泥の
兵員不足という厳しい台所事情のなか、クヴァシルは治安警察隊と混成した討伐軍まで組織し、それら逃亡兵たちの対応にも当たっている。
この次官はいつ休んでいるのだろうか。
【作者からのお願い】
この先も「航跡」は続いていきます。
代議士たちの厚顔さに呆れた方、首飾りの持ち主が気になる方、ぜひこちらからフォロー🔖や⭐️評価をお願いいたします
👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758
ミーミルやクヴァシルたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢
【予 告】
次回、「ブリージンガル」お楽しみに。
大将閣下にお使いをお願いすることは気が引けるが、と前置きの上、この首飾りをオーズ邸に届けて欲しいとクヴァシルは言う――。
階段将校たちが、新総司令官の所信表明から渓谷内での訓練の様子までを語ります。
「あの総司令官殿、めちゃくちゃだ……」
「俺たち、帝国軍じゃなくて総司令官殿に殺されるぞ」
シームルとセーグは、肩で息を弾ませたまま、仰向けに倒れた。崖の間から夏の青い空が垣間見える。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます