【10-1】 小さな凱旋 上

【第10章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429411600845

【地図】ヴァナヘイム国

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927859849819644

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 ヴァナヘイム国の王都・ノーアトゥーン――軍務省次官の執務室では、若き総司令官・アルベルト=ミーミルが、紅茶をすすっていた。


 姿勢を正してはいるものの、ぐったりとした表情を隠しきれていないことは自覚している。黒鳶色くろとびいろの髪もいくぶんか乱れていることだろう。


「このクソ暑いなか、馬鹿正直に代議士どものアピールの場なんぞに、付き合わなくても良いんだぞ」

 部屋の主・ケント=クヴァシルの声には、あきれの成分が多分に含まれている。


 帝国暦383年8月初旬、ヴァ軍の総司令官・副司令官・参謀長は王都に呼び戻されていた。


 イエロヴェリル平原での帝国軍右翼を撃破――その顛末てんまつについて、国王や審議会から報告を求められたためである。


「おいおい、本当に三役が現場を離れちまったのかよ」

 たった1戦勝っただけで、このお祭り騒ぎである。今度はクヴァシルの方が眩暈めまいを覚える番のようだった。



「で、お前たちは何だ」

 次官は、総司令官の向かいに座る青年2人をじろりと見やる。彼等も表情に憔悴しょうすいの色を消せないでいる。


「俺……じゃなくて自分は、ヒューキ=シームルっす。階級は、いまは何だっけ……少佐だったと思います」

「えっと、ビル=セーグ、階級はこいつと同じです」

両者とも会釈というより、下顎したあごを突き出すように首を動かす。


「……『階段将校』の2人が、何でここに居るのかと聞いている」

 重ねて問う次官の声に、苛立ちの成分が増した。



 戦場で数々の戦功に直結した迅速果敢な決断そのままに、佐官であろうと将校であろうと、自分たちが気に入らなければ躊躇ちゅうちょすることなく異論を差し挟む。


 結果、昇格と降格を繰り返す2人を、民衆は親しみを込めてこう呼んでいる――階段将校、と。



 将校の端くれの名前を憶えている次官に、ミーミルは驚きと感心をブレンドさせたような視線を思わず向けてしまう。


 だが、後輩のそうした視線を鬱陶うっとうしそうに、

「こいつら、降格と昇格が派手だからな」

と、クヴァシルは淡泊たんぱくに言い捨てた。毎回辞令への署名が面倒らしい。


 もっとも、実情としては、士官学校教官時代のクヴァシルは、手の付けられない生徒だった2人を指導している。



「いっつもこの人、1人でウロウロしてるんだよな」

「俺たち、閣下の護衛のため、ここまでお供しています」

 教え子たちは、恩師に構うことなく、あっけらかんとやり取りを続ける。


 ケルムト渓谷在陣の折、総司令官がろくに護衛もつけず各陣営を渡り歩いていた。そして今日、トップ3だけでなく現場の佐官まで、頼まれてもいないのに前線を留守にしてしまった。


「どいつもこいつも……」

 次官は珍しく火も点けず、紙巻をくわえたまま両の手でぼさぼさ頭を抱えてしまう。








【作者からのお願い】

新章始まりました。よろしくお願いいたします。


この先も「航跡」は続いていきます。


軍務省次官と階段将校たちの師弟関係について、なかなか良いものだなと思われた方、ぜひこちらからフォロー🔖や⭐️評価をお願いいたします

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ミーミルやクヴァシルたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「小さな凱旋 下」お楽しみに。


「これは……?」

戸惑う総司令官に不敵な笑みを向け、次官は蓋を外す。


「首飾り『ブリージンガル』だ」

上品な箱のなかからは、黄金色の豪奢なネックレスが姿を現した。

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