【12-17】束の間の優勢 上

【第12章 登場人物】

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【地図】ヴァナヘイム国

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「シャルヴィやフォルニヨートのヤツが死んだとの確認は、まだ取れんのかッ!?」


「そ、それが、いまだ……」


「わざわざ収容所から出してやったというのに、帝国軍め、存外役に立たぬわ」


 帝国暦383年9月下旬、ヴァナヘイム国鉄道相・ウジェーヌ=グリスニルは、うとましい軍務次官を執務室から追い出した直後、秘書官長を呼び付けていた。


 秘書官長は掃除道具を所持したまま、主人から詰問されている。


 軍務次官が来訪したあとは、秘書官総出で清掃を命じられるのが常であったが、この日はかつて追い落としたの安否を問いただされていた。


 負け続けたヴァナヘイム軍が、兵数水増しのため、囚人や失業者を駆り立てたことは、秘書官たちも把握している。


 しかし、2年ほど前に収容所送りにした外務省員はともかく、はるか昔、主人の政敵だった者に関する情報など、彼らのあずかり知るところではないのだろう。


 鉄道相は、重い息を吐いた。


 このところ、ヴァ軍は勝ち続けている。


 囚人どもを応召した当初、彼らに約束した「恩赦」の2文字が、グリスニルの脳裏をよぎる。


 【8-12】転用 中

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 彼は口をゆがめたまま、デスク上の受話器に手を伸ばした。




「次官殿は、冗談がお好きなようですな」

 愛想笑いを浮かべるには、ヴァナヘイム国内務相・ヴァーリ=エクレフは演技力に欠いた。


 笑いというよりも、引きつった息遣いが、喉から乾いた音を立てるばかりである。


「帝国の力をあなどってはなりません。彼らが態勢を整え、これまで以上に豊富な物量をもって侵攻を再開すれば、形成逆転に3月も要りますまい」

 軍務省次官・ケント=クヴァシルは、腕を振るって力説した。その先に見える上着のひじは、今日も擦り切れている。


 3カ月もあれば、帝国軍は形勢をひっくり返す――打ち合わせをしたわけでもないのに、ヴァナヘイム軍務次官とブレギア宰相の見立ては、ぴたりと一致していた。


【12-7】一羽の白い鳥 3

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 しかし、そうした事情について、この内務相は知る由もない。


 我が国は、連戦連勝を重ねている。


 囚人や失業者の兵員転化など、前代未聞の要求にも何とか応え、あと一歩で帝国を国外に駆逐できるところまで来ている。


 それなのに、何故いま「帝国との講和」など締結せねばならんのか――エクレフは、軍務次官の腹づもりについて理解に苦しむ。冗談は、その地位不相応なボサボサ頭と小汚い軍服だけにしておいてもらいたいものだ。


「分かった。分かった。週明けの評議会では、次官殿の提案に賛同いたそう。次の面会時間が迫っているので、もうよろしいかな」


「ありがとうございます。お忙しいなか、お時間を取らせました。それでは」


「……」

 内務相は、退室する軍務次官を無言で見送った。



 軍務次官退室後、内務大臣室には同省次官・ヘズ=ブラントが訪れていた。内務相が「次の面会」を理由にクヴァシルを追い出したのは、あながち嘘ではない。


 エクレフが軍務省からの提案のあらましを伝えると、ブラントも驚き呆れたあと、怪訝けげんそうに反問せざるをえないようだった。

「……帝国軍が再度侵攻してきますでしょうか」


「そんなはずはない。あと3月もあれば、我が軍は帝国軍を国外に追い落とすさ」


「だったら、どうして軍務次官殿に賛同すると応えられたのですか」


「昨日、鉄道大臣より連絡があったのだ。『軍務次官が来て、このような持論を展開するだろうから、適当に相槌あいづちを打って追い返せ』とな」

 エクレフは、電話で話すそぶりを見せた。


「なるほど、あの男、持説を曲げぬことでは有名ですからな」


「何より、あのような不潔な男を、いつまでもこの部屋に置いておきたくなかったからな」


「確かに。絨毯じゅうたんが汚れますな」


 口をへの字にした内務相の意を汲んだのだろう。同次官は、清掃係を呼び、すぐに床を掃き清めるように命じた。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


軍務省と鉄道省・内務省は、認識を共有できていないな、と思われた方、

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クヴァシルたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「束の間の優勢 下」お楽しみに。


ヴァナヘイム国の為政者たちは、誰もが浮かれていた。「帝国との講和締結」をいくら提唱しても、手応えを感じられないでいる。


――想定以上に、アルベルトのヤツは


過ぎた結果を得ると、人間はどこまでも貪欲になるものだと、クヴァシルは痛感せざるを得ない。足早に歩きながら、彼は無精ひげごと口元をゆがめた。

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